一人芝居「チマチョゴリ」と在日同胞、日本社会
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先週の金曜日(1日)、劇団タルオルムの一人芝居「チマチョゴリ」(作・演出:金民樹)が足立区の東京朝鮮第4初中級学校で行われ、観にいきました。
「チマチョゴリ」は、1990年代に頻発した朝鮮学校の女子生徒に対する暴行やチョゴリ制服が切り裂かれる事件を題材にしたものです。
一人芝居で何人もの役を演じるのは大阪朝高に通うカン・ハナさん。現在を生きる朝高生・ハナ、ハナの母親、そして日本学校に通う同胞生徒の3者の日々と思いが交錯し物語は進みます。
作品を作った金民樹さんは、物語は実話だけで構成されていると話します。「切り裂き事件の当時、私は事件に対し何をし何をしようとしなかったのかを思った。チョゴリ切り裂き事件は、在日の歴史としてちゃんと語り継ぐべきではないか」と語っていました。
朝鮮半島や日本で問題が持ちあがるたびにチョゴリ制服を着た女子生徒など朝鮮学校児童・生徒をターゲットにした卑劣な事件が繰り返されました。当時の様子が描かれます。
集会が開かれ、「私たちはチョゴリを脱がない! チョゴリを守る!」と決起する女子生徒。女子生徒をボディーガードしようと立ち上がる男子生徒。しかし、学校は体操着や上からコートを羽織っての登下校を余儀なくされます。そして第2制服の導入。
この作品が素晴らしかったのは、朝鮮学校生徒だけではなく、日本学校に通い差別を受ける同胞青年も描いていたことです。初めてチョゴリに袖を通した生徒の心の変化と喜び…。在日朝鮮人にとってチョゴリはどのような存在なのかを描きます。
深刻な物語だと思われるかもしれませんが、朝鮮学校ごとのチョゴリ制服の違いとこだわり、ピシッとしたチマのプリーツに命をかける生徒たちの姿など、朝鮮学校の「チョゴリ制服あるある」が随所にちりばめられ、笑いを誘います。
カン・ハナさんは、「今までどれだけ同胞たちがチョゴリを大切に着てきたのか、チョゴリを着続ける意味と思いを伝えたい。チョゴリを着る意味を考えてもらえたら」と語ってくれました。
ハナさんもそうですが、高校無償化裁判の判決言い渡しの時、朝鮮学校の女子生徒たちは、普段着ることができないチョゴリ制服をまとって裁判所へと入っていきました。最後の「プライドと尊重のシンボルとしてチョゴリが着たい」というセリフが印象的でした。
私が中学・高校時代、暮らしていた地方都市でも、たまにチョゴリ制服を着た女子生徒たちを見ることがありました。朝鮮人として堂々とチョゴリを着て歩く同世代の同胞に対して、憧れというか、羨ましいというか、それでいて劣等感と近づきがたい、ちょっと複雑な視線で眺めていたことを覚えています。
社会に出て東京に住むようになり、チョゴリ制服を見る機会が増えました。切り裂き事件などが頻発するようになって第2制服が導入されるまでの期間、電車の中でチョゴリ制服の生徒たちを見かけると緊張したものです。声はかけませんが、何も起こらないでほしいと願っていました。チョゴリ制服を着た生徒の姿は、今はまったく見かけません。
チョゴリ制服に対する思いや是非についての考え方はいろいろあるでしょうが、民族衣装を堂々と着ることを許さない日本はどれだけ異常な社会なのでしょうか。今も朝鮮学校に通う女子生徒はチョゴリ制服を着ることができません。日本社会に住むすべての大人が責任を取らなければいけない問題だと思います。(k)
※2月15日(金)、広島で一人芝居「チマチョゴリ」が上演されます。
15:00~と19:00~/場所:広島朝鮮学園/前売1500円・小中高生500円