日本で初、ヘイトスピーチに刑事罰―「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が成立
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ヘイトスピーチを繰り返した人物に刑事罰を科す条例が神奈川県川崎市で誕生した。
既報のように、12月12日、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が川崎市議会で可決された。同条例は日本で初めてヘイトスピーチを刑事罰の対象とした条例となる。2020年4月1日から一部施行され、同年7月1日から全面施行される予定だ。
川崎市では近年、差別・排外主義者らによる在日朝鮮人などをターゲットにしたヘイトスピーチが繰り返され、被害が深刻化していた。2016年6月から施行されている「ヘイトスピーチ解消法」には罰則規定がないため、広範な市民から罰則付き条例の制定を求める声が高まっていた。
条例は、その目的について、「不当な差別のない人権尊重のまちづくりに関し、市、市民及び事業者の責務を明らかにするとともに、人権に関する施策の基本となる事項及び本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する事項を定めることにより、人権尊重のまちづくりを総合的かつ計画的に推進し、もって人権を尊重し、共に生きる社会の実現に資すること」と定めている。
そして、人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害などを理由とするあらゆる差別的取扱いを禁じた。
条例は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進」として、拡声器の使用や看板、プラカードの掲示、ビラやパンフレットなどの配布を通じて、国または地域を特定し、その出身であることを理由とした本邦外出身者に対する次のような言動を差別的言動(ヘイトスピーチ)として禁じている。
(1)本邦外出身者(出身者やその子孫など、ヘイトスピーチ解消法2条に基づく)を、本邦の域外へ退去させることを煽動し、または告知するもの
(2)本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉または財産に危害を加えることを煽動し、または告知するもの
(3)本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮蔑するもの
これに違反した者に対しては最高50万円の罰金が科される。1度目の違反で違反者に「勧告」が出され、6ヵ月以内に同様の差別的言動を繰り返した者には「命令」が出され、さらに同様の差別的言動を6ヵ月以内に繰り返せば3度目の違反となり、学識者らで作る審査会の意見を聞いたうえで、氏名や住所などを公表して捜査機関に告発する。刑事裁判で有罪になると罰金が科されるという流れになっている。
一方、インターネット上のヘイトスピーチは罰則の対象外となった。
「私たちは守られた」「新しい歩み、今日から」
議会での条例案可決後、ヘイトスピーチに対する抗議運動を広げてきた「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」のメンバーら被差別当事者、支援者の記者会見が行われた。
以下、会見での発言の要旨を紹介する。
裵重度さん(76、社会福祉法人青丘社理事長、ネットワーク代表):2015年、ハルモニたちが安保関連法案に反対して桜本の商店街でデモ行進したところ、その小さな声にヘイト集団が反応したのがことの始まりだった。わたしたちは在日1世たちの苦労を言葉で聞きながら川崎の地域社会の中で育ってきた。その声をつぶそうとする輩に対して、こちらも抵抗してたたかってきた。川崎市民がそれに呼応し、さまざまな人びとの賛同を得てネットワークが立ち上がり、川崎でヘイトを許さないという決まりを作ろうと行政に働きかけ、市民に訴えてきた。今回、川崎が多民族・多文化共生の街として歩みを進められる制度が議会で可決されたことは本当に幸いなこと。われわれ当事者としても日本人の多くの方々とともに地域を作ってきた。これからもともに歩みを進めていくうえでこの条例が大きな励みとなる。
在日は日常生活の中での民族差別、国籍差別を数多く受けてきた。差別はいけないんだという判断を示したという意味で、市の姿勢は評価できる。条例ができたことで、差別意識や排外主義が日本社会から瞬時に一掃されるとは思っていない。しかし差別はよくないこと、犯罪になるということが市民社会の意識の中に定着していけば、差別は是正されていくと思う。
神原元弁護士:今回の条例は川崎市民の良心を世界に示した。国や民族で人を差別し、ましてや「殺す」などというのはとんでもないことだというメッセージを市民が発した、そしてこれは犯罪にも値するような悪質な行為であるということを公的機関として示した、そこに意義がある。条例は表現の自由にも配慮したバランスのある条例だ。ヘイトスピーチはだめだというメッセージを市民の良心として世界に発することができた。
趙良葉さん(82、在日1世ハルモニ):私たちの運動、無駄ではなかったのかな。運動も一歩一歩でも重なることで大きくなっていく。運動に賛同していただける皆さんに対して、ありがたいと思っている。
石日分さん(88、在日2世ハルモニ):本当にうれしい。昔、散々悲しい思い、苦しい思いをしてきた私たちにヘイトスピーチが集中的に起きてきた。差別されるいわれは何もなく、不安と悔しさ、憤りを抱えてきたが、ヘイトスピーチに罰則を科す条例が議決されて、私たちは守られた。ほかの市町村でも川崎を見習って条例ができればいい。
有田芳生参院議員:国会でヘイトスピーチ解消法が成立した2016年5月、その年の12月から川崎では今日にいたる条例化の動きが始まった。罰則付きの条例の制定は、解消法の成立以降、全国各地でのさまざまな努力、成果の延長線上にまた一つレンガを積み重ねたものだとは思っていない。ヘイトスピーチは犯罪だということが今回の条例の制定で明らかにされた。下からの民主主義の成果で勝ち取ったもの。これまでの成果とは違う、質的な高まりを川崎のみなさんが示してくれた。
今日からこの川崎モデルを全国に広げていかないといけない。私たちは今日、川崎のバトンを引き取って、来年1月からの通常国会ではネット上のヘイトスピーチ、人権侵害に対処する法律を東京オリンピック・パラリンピックまでに何としても成立させたい。
崔江以子さん:2015年11月10日、互いの違いを豊かさとして尊重し合い、ともにいきる私たちの街をヘイトデモが襲った。桜本地域の子どもたちから、「どうしてあのデモが来るの?」と問われて、うまく説明できなかった。「ルールがないから来てしまった」と答えたら、「ルールがないなら大人がしっかりルールを作って」と言われた。4年かかって、やっと子どもたちとの約束を守ることができた。ハルモニたちの前で「帰れ」「出ていけ」という言葉を聞くのは本当につらく苦しかった。ハルモニたちが、今日条例ができて自分たちが守られると喜んだのを聞いてほっとした。
ヘイトスピーチは一方的な加害と圧倒的な被害の関係なので、私たち当事者が抗い、たたかうのではなく、行政が実効性のある施策で私たちを守ってほしいと求め、市を応援してきた。市が差別を禁止し、実効性を担保した条例を提案し、今日、全会一致で議決された。市が私たちを守ると宣言したことをうれしく思っている。
条例ができることがゴールではない、差別のない社会の実現のために、新しい歩みが今日から始まる。
(相)