東京中高で前川元事務次官の講演/5年半の裁判を終えて
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東京朝鮮中高級学校(東京都北区)で12月21日、前川喜平・元文部科学事務次官が約1時間にかけて講演を行い、2014年2月の提訴以来、裁判闘争や金曜行動を闘ってきた中高生たちを激励した。
前川さんは、「高校無償化差別に象徴される官製ヘイトが続いていくと、在日コリアンと日本人との間で摩擦は増えていく。このような政治が続いていくのはいけない」として、大阪地裁をのぞいて国を勝たせた無償化裁判の司法判断について、「明らかに不平等だ。就学支援金の対象にするかしないかは、政府が勝手に決められることではない」と国側を勝たせた最高裁決定(8月27日)を批判した。
また、朝鮮学校で学ぶ生徒たちに、「アイデンティティとは、自分が自分らしくあるためのもので、朝鮮学校の大切さは、民族性を大事にしながら学びの時間を過ごせる点にある。日本には朝鮮学校にしかこのような学びの場はない。自分探しができる学校だと思う」と話した。
11月17日、同校の公開授業にも訪れた前川さんは、日本語と朝鮮語を交ぜた短歌作りの授業が興味深かったとしながら、「皆さんは日本生まれで、日本の文化もよくわかり、複数の言語に通じている。二つの文化にまたがる学びができるのがこの学校の良さ。朝鮮学校における民族教育は多文化共生社会の手本だ。
日本と朝鮮との間の関係はいつか必ず変わる。両国の間に自由な往来が可能になったとき、この学校の生徒が増える。心強いことです」と期待を込めた。
2010年に「すべての人に学びを」とうたった就学支援金制度だったが、排除された朝鮮学校側は救済の道を絶たれ、提訴に追い込まれた。前川元事務次官は、九州、大阪、愛知、東京の裁判で陳述書を提出し、就学支援金制度を設計していた当初は、朝鮮高校が対象になっていたことを明かしていた。
”闘い、非常な意義があった”/無償化裁判は終わっても
2014年2月17日に提訴された東京無償化裁判は19 年8月27日の最高裁決定により、原告敗訴が決まった。5年半もの間つづいた裁判は終わったが、勇気をもって提訴に踏み切った朝高生たち、その勇気と不安を一身に受け止めてきた保護者と教員たちの存在あっての裁判闘争だったと思う。
1ヵ月前になるが、11月29日、原告・保護者合同説明会が東京朝鮮中高級学校で行われ、喜田村洋一弁護団長をはじめとする弁護団メンバー7人が、当時高級部生徒だった原告や保護者、同校の教員たちに説明した。
喜田村団長は、「最高裁決定を見ると、下村大臣や文科省がしたことがなぜ正しいのか、原告の訴えがなぜ間違いなのかが何も説明されていない。これだけ社会が注目している事件なのに、最高裁はわれわれの議論を正面から打ち破ることを考えつかなかった」「われわれは負けたが、最高裁の処理の仕方を見ると、法律論では完全に勝っている。そのような意味で私たちのたたかいは非常な意義があった」などとのべた。
李春熙弁護士も、「裁判の過程で勝ったと思った瞬間が何度もあった」としながら、「地裁では全国で唯一、文科省の役人を呼ぶことに成功し、喜田村団長による尋問で(朝高排除の)事実経過を明らかにしたが、決直前に裁判官が替えられ、敗訴。高裁の裁判長は私たちの主張を熱心に見て、第一回期日に、国側の主張(朝高排除の理由を2つとしたこと)は論理矛盾があると直接国側に問いただした。それを受けて国側も論理的に両立しない主張をしていると認めざるをえなかった」と法廷闘争の意義をのべた。
説明会に顔を出した原告や保護者は全体の10分の1に満たない数だった。原告のある男性(23)は、「裁判に期待する気持ちはあったが、日本の司法は形骸化していると感じた。それでも今日の説明会に足を運んだのは、原告以上に頑張ってくれた弁護団の話を聞きたかったから」と話していた。
「自分が立ち上がれば歴史を変えられる」―。
この裁判のはじまりは、62人の元朝高生の勇気と決心だった。
原告の思いあっての裁判だったと改めてその勇気に感謝の気持ちがわき、後輩のために立ちあがったかれらの存在を繰り返し、伝えていかなければと思った。かれらは今、社会に出て、日本や世界の各地で生きている。民族学校の教員になった元生徒も少なくない。
東京無償化弁護団には、高校時代の同級生で、朝鮮高校卒業生初の弁護士になった金舜植弁護士がいる。
金弁護士は、説明会が終わった後、裁判闘争の過程で始まった日本人弁護士たちの出張授業を、東京中高で続けていきたいと話していた。裁判闘争で多くの支援が集まったことが「財産」だという言葉も胸に深く刻みたいと思う。
就学支援金制度の発足から約10年、朝鮮高校はその対象からはずれており、経済的な理由から朝鮮高校に行くことができない家庭は後を絶たない。
私自身もこの10年、無償化差別が続くなか、子育てをし、来春は第一子が高校生になる。国家によるあからさまや差別を横目に子どもが育つということが一番悲しいし、大人としてどうにかしなければと思う。
しんみりしたブログになってしまったが、この1年間、ブログ「日刊イオ」を読んでくださった読者の皆様に感謝します。来年も、本誌はもちろん、このブログでも各地の情報をお届けしていきます。よいお年をお迎えください。(瑛)