”差別の種まいた”―、自覚し未来へつなげて
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さいたま市による備蓄マスクの配布対象から埼玉朝鮮幼稚園が除外されていたことを受け、昨13日「誰もが共に生きる埼玉を目指し、埼玉朝鮮学校への補助金支給を求める有志の会」が同市の清水勇人市長、子どもみらい局の金子博志局長、関係各部局の職員への申し入れを行った。
奇しくもその数時間後、さいたま市はマスク配布対象拡大の方針転換を発表し、現在は埼玉朝鮮幼稚園への配布も決まっている。しかし申し入れの場で話されたことは、今回の事態を決して小さく見てはいけないということを強く実感させる内容だった。ここで共有したい。
市役所を訪れたのは有志の会の共同代表5人。埼玉朝鮮幼稚園の教員、保護者、地域同胞らも駆けつけ、約30人で申し入れに臨んだ。申し入れに先立って共同代表の一人・猪瀬浩平さん(以下、写真右側。明治学院大学・教養教育センター教授)が発言。「この問題の根幹が何なのか一緒に考えていきたい」と提起した。
今回、有志の会が指摘したのは市側の対応がヘイトスピーチを助長しかねない行為だったという点。市側の対応というのは、埼玉朝鮮幼稚園の朴洋子園長からの問い合わせに対して「指導監督施設に該当しないため、マスクが不適切に使用された場合、指導できない」と説明したことだ。共同代表の一人、渡辺雅之さん(大東文化大学・文学部教育学科教授)が申入書の伝達、説明を行った。
申入書では、ヘイトスピーチ解消法の趣旨や法務省が挙げたヘイトスピーチの具体例なども参照し、▼市職員の発言がヘイトスピーチに該当する差別発言であったことを認め、朝鮮学校幼稚部に対する真摯な謝罪を行い、▼一刻の猶予も遅滞もなく埼玉朝鮮学校幼稚部に備蓄マスクを配布すること-を強く求めた。
有志の会はまた、「市職員のくだんの発言は、単に不適切と言うよりは、結果として地域社会に憎悪と差別の種を撒くもの」だとしながら、この問題を報じたニュースやSNSのコメント欄についた大量のヘイトスピーチやデマを参照した。
実際これに関連して、Twitterではわざわざ「朝鮮保育園にマスクを支給すると本国へ送り軍事転用されるから支給反対」といった真新しいアカウントが開設され、差別的な発言が垂れ流された(現在は凍結されている模様)。
渡辺さんはそれらを明らかにした上で、「市側に意図があったかどうかとは無関係に、配布除外の措置そのものが、『朝鮮半島にルーツを持つ人たちは排除されてもしかたがないんだ』という世論を広めてしまう恐ろしさ、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)拡大につながる危険に対する意識を持っていただきたく思います」と訴えた。
最後に、さいたま市が人権推進活動の一環として市立の小・中学校の児童生徒を対象に実施している人権標語コンクールの取り組みと過去の最優秀作品を紹介し、強いメッセージを送った(以下、作品一覧)。
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小学校1年生
ともだちと つないでみよう てとこころ
小学校2年生
手をつなごう 手ぶくろよりも ぽっかぽか
小学校3年生
ふやそうよ えがおやさしさ 思いやり
小学校4年生
「いけないよ。」心で言っても 聞こえない
小学校5年生
すてきだね それぞれちがう いいところ
小学校6年生
受け取った 優しい気持ち おすそ分け
中学校1年生
キミとぼく みんなちがった 色がある
中学校2年生
SNS 書かれる辛さと 書く軽さ
中学校3年生
それ違う 言える勇気も 思いやり
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有志の会による申入書の伝達後、対応した部長はまず「報道などによって現在世間で誤解されているが、職員は『転売』という言葉を使っていない。あくまでも『不適切な使用』とのべた」とその点のみを弁明。
これに対して、同じく共同代表の中川律さん(埼玉大学・教育学部准教授)が反論。「『不適切な使用』と言っているけれども、それは一体何だろうか、世間で言われている転売か、そのように市民が受け取っても不思議ではない。これは報道の仕方が悪かったという問題ではない。あるいは報道がそのように出てしまったから広がった問題でもない。そもそも問題認識が共有できていない」と鋭く批判した。
「今回は指導監督を予定しなければ行政が市民に対して何らかのサービスを提供できないような事案ではない。保育園や幼稚園に務める先生、あるいは子どもの健康を守るために必要だからマスクを配布した。保育園や幼稚園と同じような活動をしている施設には積極的に配布すべきであり、目的と手段が合っていない。『指導監督』や『不適切な使用』を持ち出すことは、それこそ不適切な基準だ。だから当事者や世間は、配布除外には裏の理由があるんじゃないかと思うし、そう受け取られても仕方がない」(中川さん)
有志の会は引き続き、資料にあるようなヘイトスピーチを作り出した原因の発端が、さいたま市役所のはじめの対応にあったということを担当職員たちが認識できるよう丁寧に説明を重ねた。
「この間、朝鮮学校には匿名でマスクが送られてきたと聞きました。しかし同時に『日本から出て行け』というような電話も来ているそうです。さいたま市の行政はどちら側の立場にたつのかと聞かれれば明白ですよね。困っている人に手を差し伸べる行政なのか、他者を排除する人たちに味方するような行政なのか。この問題に対して謝罪もないのであれば、当然のことながら排除する人たちの立場に寄っているということに他ならないんではないですか。さいたま市自らが選んだ先ほどの標語の立場に、まさに今たつことが求められているのではないですか」
「行政というのは重い。本当に本意ではないと思うが、結果的にヘイトスピーチを招いている。間違ったことをすれば訂正すればいい。そして今回に関しては訂正ではなく、『ヘイトスピーチは許されない』ということを、さいたま市の公式の見解として出していく必要があると思う。検討してほしい」
「ヘイトスピーチをする人は、国や行政といった権力に支えられていると実感することで非常に力づけられるようだ。ヘイトスピーチが無くならない理由の一つは、加害者に『自分たちは皆が言えないけれど心の中で思っていることを代弁しているんだ、行政だって実はそうじゃないか』と思わせる状況があるからではないか、というようなことが真剣に論議されている。これは、さいたま市の方針とも完全に矛盾すると思う。しかし一つ慎重さを失うと現にこういうことが起こってしまう。業務の内容を反省的に振り返ってもらわないといけない。そしてそれを表明することが、ヘイトは許されないという社会の在り方を実現する大きな一歩になるはず」…
問題をうやむやにせず、きちんとした対応で返すことを繰り返し求め、申し入れを終えた。
申し入れには埼玉県平和運動センターの金子彰副議長(埼玉教職員組合委員長)も同席。県内の傘下団体から「この問題を看過できない」とたくさんの声が寄せられたことを受け、代表して要請書を提出した。
また申し入れが終わった後、埼玉弁護士会の弁護士3人が会長声明を持って駆けつけた。このような短期間で会長声明が発表されたことに驚く関係者も。同声明でも今回の市の対応は「差別にあたるというほかない」と明言された。
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冒頭にも書いた通り、昨日13日の夕方にさいたま市はマスクの配布対象拡大を決め、発表した。清水勇人市長は記者会見のあと、マスクの配布対象拡大についてメッセージも発表。
「一部誤解もあるようですので」と前置きし、経緯について説明するなかで朝鮮学校に関しても説明がある。しかし、当初から埼玉朝鮮幼稚園や保護者側が訴えてきた差別の問題や、日本の有志の人々が強調した問題意識については依然として何の言及もされていない。
有志の会メンバーたちがのべたように、差別の種はすでに「撒かれてしまった」。配布対象を拡大したことでこの問題を終わらせていいとは思えない。来週、埼玉朝鮮幼稚園の関係者らは前回の要請で取り決めした通り、さいたま市・子どもみらい局の金子博志局長と面談をする予定だ。市側へ寄せられた多くの意見、切実な声がないがしろにされるようなことがあってはならない。(理)
丁寧かつ詳しいレポートありがとうございます。
この運動に共感します。さいたま市民として今回のさいたま市の対応は大変恥ずかしいと感じていました。
渡辺雅之さん
メッセージありがとうございます。
この問題で見過ごされてはいけないことが社会に広まれば幸いです。(理)
神田より子さま
共感をお寄せ下さりありがとうございます。
きちんと最後まで対応してほしいですね。