“差別は犯罪”、示された/「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が全面施行
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7月1日、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が全面施行されたことを受けて、2016年から活動を続けてきた市民団体「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」(以下、市民ネット)が記者会見を開いた。
同条例は、「全ての市民が不当な差別を受けることなく、個人として尊重され、生き生きと暮らすことができる人権尊重のまちづくりを推進していくため」との趣旨で制定されたもの。本邦外出身者に対する不当な差別的言動をした上で、市による勧告や市長の命令に従わず、それを繰り返した人物や団体に50万円以下の罰金が科せられるなど、具体的な罰則を設けている。刑事罰を科すことを定めた条例は日本で初めて。
市民ネット代表の関田寛雄さんは、1970年代の日立就職差別問題、80年代の指紋押捺問題など、在日コリアン、外国人への差別事件とそれに対する反対闘争について振り返りながら、「不条理に対する個人的な闘い、怒りを、日本人ひとり一人が自分の事柄として土台にし、生きていくということを歴史から学んだと思う」とのべた。
その上で、「このたびの条例が私たち社会の、一人ひとりの人間によって実質化されるよう願いたい」とし、そのためには▼インターネット上のヘイトスピーチを根絶するための対策を講じること、▼「差別は犯罪だ」という条例を普遍化していくこと―が課題だと話した。
また、関田さんは日本政府による朝鮮学校への差別政策にも言及した。「高校無償化や幼児教育への支援からの排除があるが、国家的な民族差別について司法に叫んでもなしのつぶてだ。ならば具体的にローカルから小さな事実を作っていこうじゃないか。だからこそこれまでの歩みを振り返りながら、神奈川に5つある朝鮮学校への差別をなくすことにも責任を持っていきたい」。
続いて、事務局の裵重度さんが発言。「この間、ステイホームしながら新型コロナに関する報道を見ながらふと思ったが、このヘイトスピーチというのは要するにウイルスだなと。ここへきてやっと川崎市が、ウイルスに立ち向かっていくための治療を始めてくれたなという感じがする」と感想をのべた。
「世の中の不条理や差別に対して、常に当事者が声を上げて闘ってきたという歴史がある。近年ようやく『共に生きる』ということが叫ばれてきて、それが通じ合っていくような時代になった。しかし私たちは70年代から、共に生きる社会をつくろうという思いの中で活動してきた。世界が少しずつ変わっていくようなことを実感する。そこに希望を見いだしていこうと思う」
次に、川崎市の元職員だったという山田貴夫さんが感慨をのべた。「川崎市に4年がかりで条例制定を求めてきたが、なかなか歩みが遅かったり中途半端な対応をされて、時には厳しい言葉を浴びせたりもした。しかし刑事罰を科すという画期的な条例ができ、心から歓迎するし、十分な成果が出るように今度は積極的に応援官として関わっていきたい」。
一方で、川崎市における共生活動の拠点ともいえる「ふれあい館」に差別的な脅迫ハガキを送ったのが川崎市職員OBだったことを挙げ、「実は1994年に職場内の差別発言事件があり、加害者側の一人が今回の容疑者だった。残念ながら、職場研修などで見方を変えることはできなかった」と反省点も明かした。
「そういう意味で、今回の条例も担当の部局だけが頑張るのではなくて、市職員全員が条例を推進、実践するメンバーなんだという自覚をもって対応してほしい」と要望を伝えた。
また、「インターネット上のヘイトスピーチは罰則の対象にならない点が条例のもの足りないところの一つ」だとして、さらなる活動の必要性を強調した。
“被害訴えてきたが、傷抉られた”
「助けて下さいと被害を届けてきました。胸を開いて心の傷を届けても、策がないとして救済されず、その傷をさらに抉られてきました」―。当事者として激しいヘイトスピーチにさらされてきた崔江以子さんもこの日の心境をのべた。
「川崎市の条例は、差別を犯罪とし、犯罪の被害から市が市民を守るんだと宣言したもの。行政刑罰を設けることで実効性を確保し、市民の代表である議会においても全会派一致で可決成立した。差別を許さないだけではなく、差別は犯罪として罰せられるんだという社会正義が示された川崎の宝、日本の宝の条例だと思う」
また崔さんは、止まないインターネット上のヘイトスピーチについては、二次被害も含め、その辛さをここで語ることは簡単ではないと息をついた。一方で、川崎市の条例では拡散禁止措置が定められ、川崎市による解釈指針では発信者情報開示請求の支援まで言及がされたとしながら、「インターネット上の被害についても、被害者に泣き寝入りをさせないんだという行政機関の宣言だと受け止めている」と話した。
続いて質疑応答が行われた。
Q ヘイト団体が、川崎市条例を敵対視するような表明をして7月12日に川崎駅前で街宣をするとしている。これに対し、条例に基づいて市にどういう対応を求めるのか。また、市民ネットとしてはどう対応するか。
A (これまでは市民ネットが前に立ちカウンター行動をしてきたが)条例の全面施行となったので基本的に規制するのは市の役割、任務。私たちはそれを応援する立場になるのが新しい局面だと考えている。(山田さん)
A 12日が、川崎市による初めての具体的な対応の場面になる。市民ネットとしても応援する形で参加し、しっかり監視し、ヘイト行為を許さないという行動をとっていきたい。(市民ネット事務局・三浦知人さん)
A 現場で、市の職員が条例に基づきかれらの行動を監視し記録する…つまり「犯罪が起きないように監視される対象」としてかれらの行為が位置づけられる。条例に基づいて、このことが示されていくことを強く期待する。(崔さん)
Q 横浜中華街への差別的な手紙についてはどう受け止めているか。
A 決して許されないと思っているし、一度目はいち早く横浜市長が強く批判するメッセージを発した。まさに被害が生じた時に行政あるいは市長がきちんとその差別を批判し、再発防止のために策を立ててすぐに取り組む、それが求められていると思うし、そのためにガイドライン、指針となる条例が必要だ。横浜市でもぜひ取り組んでいってほしいと思う。(崔さん)
Q 米国での黒人への差別問題によって、日本でも差別問題への関心が高まっているように思うが、いわゆるバイスタンダーといわれる非当事者の方々にどんな声を上げてほしい、どんな目を向けてほしいということはあるか。
A もちろん、黒人差別は決して許されないこと。海の向こうの人の命が失われたことについては大変多くの感心が集まっていることを実感している。しかし差別は海の向こうにだけあるのではなくて、自分たちの社会にも、自分たちの生活の中にもある。今回の川崎市の条例ではそれが許されない犯罪として示された。差別のない人権尊重のまちは行政だけ、議会だけ、あるいは当事者だけで作れるものではなく、皆がその主人公として、自分事として、自分の生きる社会のこととして見つめて、役割を果たしていく、関心を持つことで作られていくと思う。(崔さん)
A 「当事者としてどう思う」というような質問を私たちはよく聞いてきた。その前に、日本人の側が気づいてほしいという思いがものすごくある。日本人自らが差別の問題を自分たちの生き様の中で考えていくようにならないと、日本人も、差別にあう当事者も苦しんでいく。そこの部分に気づきを覚えてほしい。(裵さん)
Q 川崎では、70年代から差別解消の取り組みがあった。今回の条例施行は、半世紀にわたる差別との闘いの歴史においてどう位置づけられるか。
A 外国人登録証への指紋押捺が問題になったとき、当時の伊藤三郎・川崎市長が「外登法の側にこそ問題があるので、川崎在住の外国人市民が指紋押捺しなくても、市として告発しません」と言って、「法も規則も人間を越えるものではない」という有名な言葉を残した。そのことが市の歴史に深く刻まれている。今回のことも、まさに人間そのものが生かされなくてはならないし、この条例が一層普遍化されていくべきだと思う。(関田さん)
Q 条例成立までの4年間、川崎市民社会の人権意識はどう変化したか。
A 1970年代から、当事者への差別をなくすための取り組みが川崎南部で行われてきた。ご承知のように70年代というと、社会保障制度のすべてに国籍条項があった時代だ。市だけでなく国の政策も含めて、朝鮮人、韓国人、外国人の排除が公然と行われていた時代状況の中で、川崎南部では子どもたちが本名を名乗ることができないような生活実態、親たちも非常に苦しい生活実態を抱えながら暮らしていた。その不当性を地域で訴えてきたのが川崎の地域活動の出発点だ。
2010年代のヘイトスピーチとの闘いにおいても、その要には当事者たちによる「自分を一体だれが守ってくれるのか」という叫びがあったし、在日コリアン1世の人たちが川崎南部で積み重ねてきた生活に共感できる取り組みの積み重ねがあったのは事実。ただヘイトスピーチ被害に関しては、北部の人たちは「そんなことあるの!?」というような感覚だったので、改めてこの問題をすべての市民の課題として取り組まなければいけないと考えた。人と人とがつながって、社会をよくしていく活動をもっと進めていこうとの思いで、私たちは“ALL川崎”の精神で市民ネットを作り、中部でも集会を開き、なるべく市民社会の全ての人の課題として、活動を広めてきたと思う。集会を開くたびに、「この問題を初めて知った」という市民と出会い、その市民との出会いを通じて、僕たちも一つひとつ階段を上るがごとく、前に歩むことができた。(三浦さん)
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会見を聞きながら、社会を変える道のりは途方もないが、行動を続けた先にようやく変わり始めていくということが、実際に起こるんだなと圧倒された。スタートはいつでも“目の前の一人”に心を寄せることである。
市民ネットは記者会見に際して声明文も発表した(以下に写真添付)。また、今後は神奈川県に対しても条例制定を求めていきたいとの思いを明らかにした。(理)