手紙
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先日、ひさしぶりに手紙を書いた。
お世話になった保育園の先生が、転園する前日、一緒に子どもと撮ってもらった写真を送るためだ。
4月から新しい先生やクラスのお友達も増え、またガラリと変わった生活環境。でもすぐに緊急事態宣言になり、保育園も登園自粛に。
2か月間、子どもたちと家で過ごしたので、その間に書こうかと思っていたが、普段でも筆が重い私はなかなか書けず。。。
最近になって、レターセットも近所のお店のセールで購入できたので、やっと筆を執った。
こうして自筆で手紙を書くのはかなり久しぶり。
中学生までは、文通も流行っていたので、文通仲間もいたし、寮生活を送る姉に手紙をよく書いていた。
姉に送る手紙は、面白い出来事を書くことを目標にして、おもしろおかしく、その情景が描けるように努めていた。
そのかいあってか、文字は汚いけど、面白かったよ!と毎回ほめてくれる返信が届いた。
いままでもらった手紙はなかなか捨てることができず、実家においてある。
一人暮らしをしてからも、母や父から物資とともに届いたちょっとした手紙も、なんだか捨てられず、取っている。
手書きの文字というのは、不思議なもので、
文字をみるだけでその人を思い起こしてくれる。
うちは祖父母との2世帯住宅で、1階に祖父母、2階にわたしたち家族が住んでいたのだが、
中学1年生のころ、祖父に成績表をもっていってみせると、
ある日、階段の1段目に、紙にくるんだお小遣いと、祖父の手書きの文字で一言書かれた文が。
よく頑張った、というような、朝鮮語で書かれた一言だったが、私にとっては、中1で一気に勉強が難しくなって、本当に苦労して取った成績だったので、本当に嬉しかった。
祖父からの直筆の手紙をもらえたのも初めてで、それも嬉しかった。
その紙はその後もずっと傍らにおいて、いまも気持ちが落ち込んだ時は取り出して励みにしている。
そう思うと、手書きの文字や文(ふみ)はとてもいいな、と思った。
私ももう少し、文字をきれいに書けるよう、また努力してみようかと思う。(愛)