本の思い出~図書室特集を作りながら
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月刊イオ4月号の特集は、「ウリハッキョ図書館ツアー」です。
この特集を機に、自分にとっての本について思いをめぐらせる機会が多くありました。
東京の郊外で育った私は、小学校の時から日曜といえば地元の図書館に行くのが習慣でした。両親が本好きだったということもあったのか、余暇の過ごし方にバリエーションがなかったのか、そのどちらだった、とも思います。
車に乗り、図書館に入ると、それぞれが好きなジャンルの棚をめがけてスタスタと歩いていき、30分か1時間ほどして集合し、近くのうどん屋でごはんを食べたり、ケーキを買って帰ります。この習慣は社会人になっても続いていました。大学の頃は論文を書きにこもったり、映画を見たりもしました。
父は囲碁本や歴史小説が好きで、母は生活文化全般に興味があり、必ず「家庭画報」を借りていました。今でいうセレブ雑誌ですが、四季折々の自然や茶道や着物といった日本の文化がよく編集されていて、写真が抜群にいいので、今でも目にすると手にとってしまいます。
4つ下の妹は、私と違ったジャンルが好きで、ルパンなどの探偵ものや伝記をよく読んでいた印象があります。のちに妹は図書館の司書になるのですが、本の目利きさんで、自分なら探せない、選ばないような絵本や児童書を甥や姪に定期的にプレゼントしてくれます。
自分にとってのベスト本を1冊選べというなら、迷わず松本清張の「北の詩人」を挙げます。
高1の時、担任の先生から渡された小説で、大きなショックを受けました。
15歳の読書。朝鮮半島の分断によって人生をほんろうされた人物がフツフツと浮かびあがってくる初の体験でした。
悲しい結末の小説ですが、人間の弱さや強さについて考えさせられます。もし自分が歴史の大きな渦に飲み込まれ、ある決断を迫られたらどう行動しただろうかと…。清張の調べる力や日本人でありながらも、朝鮮半島に思いを寄せる想像力に圧倒されました。好きな小説家の一人です。
社会人になってからは、上司が本をよく勧めてくれました。大きな仕事をしたあとに渡された本は、「次にお前の目指すべきはここだ!」と示されている気がして、期待と緊張が入り混じった思いで読んだものです。当時、新聞記者だった私は、社会現象を記事にして伝える形、切り口を持ち合わせていなかったので、本という形になった、日本の記者たちの仕事は刺激になりました。
今回、取材した学校の多くは初級学校(小学校)です。スマホ時代、子どもたちが情報を得る手段は紙媒体からスマホなどの電子機器に移行しています。スマホやタブレットで本や漫画を読む人たちも今後ますます増えるでしょう。
中高生の読書量はどんどん減っており、「本を読まないといけないの?」と問われると、そうではないけれど…答えに詰まります。
しかし、本がなければ私の人生は、確実に今より味気ないものになったと思います。
本には歴史や人間が詰まっているから…。
また、本という形、活字の力はある、と思うのです。
10数年前に訪れた静岡朝鮮初中級学校の図書室が今でも強く印象に残っています。
ゴロンとできて、映像も見られて…。とても居心地のいい場所で、窓から差し込む光で子どもたちの表情がキラキラと輝いていました。
図書室は、教室で嫌なことがあったとき、一人になりたいときにフラッと立ち寄れる避難所のような場所でもある。各地を取材しながら思う、もうひとつの感想です。
広島朝鮮初中高級学校の保健室に並んだ絵本にも目を見張りました。
このように、今回の特集で紹介できなかった取り組みは多いのです。
朝鮮学校の図書室は、蔵書数や施設面においては、日本の公立学校の図書室とは比べものになりませんが、「私たちの本棚を作る」という営みは、何ものにも代えがたい、とその可能性と温もりを感じます。(瑛)