2021年、映画ベスト10
広告
今年のブログ執筆担当もあと2回。今回は、2021年に日本国内で劇場公開あるいはオンライン配信された映画の中から私的ベスト10を選んでみた。一昨年、昨年に続く恒例の「今年の映画10本」。鑑賞した作品数が絶対的に少ない中で選ぶ10本にどれほどの意味があるのかはなはだ心もとないが、個人の忘備録として。
●『野球少女』
天才野球少女チュ・スインは、高校卒業後プロ球団で野球を続けることを夢見て誰よりも練習を重ねてきたが、女子選手という理由でプロテストを受けられず、友人、家族からもプロ入りを反対される。そんな時、プロを目指し夢破れた新任コーチのチェ・ジンテが赴任し、彼女の人生に大きな変化が訪れる。「見えない壁」に立ち向かう女性の物語、自分の限界とたたかう人物の物語に心を揺さぶられる。
●『ノマドランド』
米ネバダ州で暮らす主人公の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で長年住み慣れた家を失う。キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んだ彼女は「ノマド(放浪の民)」として車上生活を送ることに―。映画の随所に挿入される雄大な大自然が息をのむような美しさ。派手なアクションやロマンスもない静かな作品だが、スクリーンに吸い込まれるような没入感を体験できる。映画館で観るべき作品。実際の俳優は主人公役のフランシス・マクドーマンドを含めた2人のみ。それ以外の出演者は実際のノマドたちというのが驚き。フィクションとドキュメンタリーの境界線が溶け合ったような作品。
●『ブックセラーズ』
世界最大規模のニューヨークブックフェアの裏側からブックセラーたちの世界にスポットライトを当てたドキュメンタリー。有名ブックディーラー、書店主、コレクターまで、本を探し、売り、愛する個性豊かな人びとが登場する。ビル・ゲイツが史上最高額で競り落としたレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿、「若草物語」の作者が偽名で執筆した小説といった希少本も多数紹介される。書物の魔力に憑りつかれた奇人変人たちが不思議な魅力を放つ。
●『アメリカン・ユートピア』
今回挙げる10本の作品に順位をつけるのは難しいが、1位を挙げろと言われれば本作だと即答できる。アメリカのロックバンド・トーキングヘッズのフロントマンだったデイヴィッド・バーンが2018年に発表したアルバム『アメリカン・ユートピア』をベースにした舞台パフォーマンスをスパイク・リー監督が映像化。デイヴィッド・バーンとスパイク・リーという大物2人のコラボレーションというだけで興味をそそられるが、作品の内容自体もインパクト抜群。そろいのグレーのスーツに裸足のパフォーマーたちが各々楽器を演奏し、歌いながら舞台を縦横無尽に駆け巡る。派手な衣装もオーケストラも舞台装置もないが、そのぶんパフォーマンスのインパクトが際立っている。御年69のバーンが問答無用のかっこよさ。ステージに立つのは性別、年齢、人種、国籍もさまざまな12人。この中にアジア系が入っていないのが残念といえば残念か。
●『サムジンカンパニー1995』
「国際化」のため激変する1990年代の韓国を舞台に、大企業に勤める3人の高卒女性社員たちが会社の不正に立ち向かう姿を描いた。1991年に起きた斗山電子のフェノール流出による水質汚染事件など実際の出来事がモデルとなっている。それぞれキャラクターが立っている主人公3人に、二転三転するストーリー展開も秀逸。女性社員たちが部署の垣根を越えて協力していき、それがやがて大きなうねりを生み出していく展開が感動的だ。
●『プロミシング・ヤング・ウーマン』
「プロミシング・ヤング・ウーマン」(将来を嘱望される若き女性)だった主人公のキャシーはなぜ人生のすべてを見失ってしまったのか―。彼女の激しい怒り、自分の将来を踏みにじった人びとへの復讐を描く。悪者をやっつけてカタルシスをもたらすリベンジムービー? 本作はそんなに単純ではない。怒涛の勢いでクライマックスへと疾走するストーリー、そして予測不可能な衝撃のラスト―。物語のインパクトと、鑑賞後にしばらく映画のことで頭がいっぱいになる度合いでいえば、今年ナンバーワンの作品。
●『孤狼の血 LEVEL2』
広島の架空都市・呉原を舞台に、警察とヤクザの攻防戦を描いた「孤狼の血」(白石和彌監督)の続編。主人公の刑事・日岡の前に立ちはだかるのは、上林組組長の上林。鈴木亮平演じる最強にして最凶の敵・上林が放つ存在感が際立っている。とにかくすごいキャラクター。暴力描写が苦手な人にはおすすめしない。広島という地に連なる上林の出自(原爆と在日朝鮮人)の描かれ方には賛否両論あるだろう。
●『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
伝説的な野外コンサート、ウッドストックが開催された1969年の夏に行われていたもう一つの音楽フェスティバル「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」にスポットを当てたドキュメンタリー。当時のブラックミュージックの著名ミュージシャンが出演し、30万人以上が参加しながらも、その映像は約50年間も埋もれたままになっていた。本作はそのフェスティバルの全貌を当時の映像や参加者たちの証言を交えながら描く。スティーヴィー・ワンダー、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモンなどのスターたちが勢揃い。この映像が半世紀以上の間、ほぼ完全に未公開だったことが信じられない。
●『DUNE/デューン 砂の惑星』
フランク・ハーバートの小説を映画化したSFスペクタクルアドベンチャー。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。主人公ポール役のティモシー・シャラメがかっこいい。『ノマドランド』の項でも書いたが、本作も劇場で観るべき作品。筆者はIMAXシアターで鑑賞した。上映時間が長い? そんなこと気にするな。ケタ違いの没入感、至高の映画体験を約束する。SF映画好きなら必見。
●『モーリタニアン 黒塗りの記録』
2001年の9.11米国同時多発テロの首謀者の一人と疑われ、正当な司法手続きのないままに長期間にわたって拘禁され続けたモーリタニア人男性の手記を映画化した作品。グアンタナモ基地では軍上層部の命令によって彼に対して凄惨な拷問、虐待、脅迫が加えられ、テロ関与の虚偽の供述を強要させていた。「自由と民主主義のリーダー」アメリカの醜悪な裏の顔(こちらが本質なのかもしれない)が暴露される。より普遍的な見方をするなら、強大な権力を持つ国家は個人の人権をたやすく蹂躙し、都合の悪い事実を隠蔽する。森友学園をめぐる公文書改ざん、入管の収容施設におけるスリランカ人女性死亡事件など「黒塗りの記録」は日本にもあふれている。「9.11」20周年のタイミングでの公開に拍手。(相)