2021年、今年の10冊
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今年最後のブログ執筆。前回の映画ベスト10に続く2021年回顧企画は本のベスト10。今年出版された本の中で印象深かった10冊をピックアップした。選書がだいぶ偏っていることを先に申し上げておく。
丸『地方メディアの逆襲』
松本創/ちくま新書(筑摩書房)
Webちくまで連載されていた時から熱心に読んでいた文章が書籍化された。著者は、東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな問題を丹念に取材する地方メディアの報道の現場と人を各地に訪ね歩く。秋田魁新報、琉球新報、京都新聞、東海テレビ放送―彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけているのか? 記者の情熱だけでなく葛藤までも描き出す文章に引き込まれる。立場や環境、細かな仕事内容は違っても同じ業種に従事する者として、時に勇気づけられ、時にいろいろと考えさせられた一冊。
●『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』
北村紗衣 著/ちくま新書(筑摩書房)
本を読んだり映画を観たりしたとき、自分の感想を人に伝えたくなる。そんなときに役に立つのが「批評」だ。「批評」と聞くと何やら難しそうな印象を受けるが、そんなことはない。本書は言う、「批評はあなたが作品を楽しむためにある」「批評を他の人とシェアして、コミュニティを作ろう」と。「精読する」「分析する」「書く」の3つのステップに分けて、批評の方法をわかりやすく解説してくれる批評の入門書。ボクシング・ヘビー級の伝説的チャンピオン、モハメド・アリの有名なキャッチフレーズをもじったサブタイトルが目を引く。前著『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』もおすすめ。
●『食べものから学ぶ世界史 人も自然も壊さない経済とは?』
平賀緑 著/岩波ジュニア新書(岩波書店)
岩波ジュニア新書を「ジュニア向け」とだけ思うなかれ。大人が読んでも面白く、ためになる本が多い。資本主義とは何なのか。資本主義はこの世界をどのように変えたのか。そんな問いに、本書は食べ物の歴史を通して答えている。読みながら「そうだったのか」とひざを打つこと多数。何気ない食卓の一コマについても深く考えるようになった。
●『差別はたいてい悪意のない人がする』
キム・ジヘ 著、尹怡景 訳/大月書店
16万部突破のベストセラーとなった韓国語版原著のタイトルは「선량한 차별주의자(善良な差別主義者)」。あらゆる差別は、マジョリティには「見えない」。日常の中にありふれた排除の芽に気づき、真の多様性と平等を考える思索エッセイ。著者はマイノリティ、人権、差別論が専門の研究者。私たちは知らずしらずのうちに「善良な差別主義者」になってしまう可能性がある。原書、日本語訳書ともにタイトルが印象的だ。目から鱗が落ちる一冊。
●『戦争とバスタオル』
安田 浩一、金井 真紀 著/亜紀書房
タイ、韓国、沖縄、寒川、大久野島などアジア・太平洋戦争の歴史が刻まれた地を訪ね、そこでお風呂につかりながら、浴場で出会った人と会話を交わし、戦争体験の証言を聞き取っていく。タイのジャングルの中にある露天風呂、沖縄唯一の銭湯、無人島の大浴場―風情のあるお風呂の描写が読んでいて楽しい一方で、入浴という癒しの時間のむこう側にかつて日本が残しあ戦争の傷跡と過酷な歴史を見る。よくこんな取材企画を思いついたな、と感心することしきり。
●『偉い人ほどすぐ逃げる』
武田 砂鉄 著/文芸春秋
タイトルを見た瞬間、「そうそう、こんな人たくさんいるよね。いや、ほとんどそうじゃない?」と思った。質問のはぐらかし、公文書や議事録の改竄―偉い人ほど噓をついて真っ先に逃げ出し、言葉の劣化はますます加速する。「このまま忘れてもらおう」作戦に惑わされず、「あたりまえ」をその都度確認し、しつこく言い続ける著者に「よくぞ書いてくれた」と拍手。でも、読み手がただ留飲を下げるだけではだめだ。
●『テスカトリポカ』
佐藤究 著/KADOKAWA
クライムノベル、ノワール小説と呼ばれるジャンルが好きだ。本作は第165回直木賞受賞作。メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会う。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へ向かった。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロに見いだされ、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく―。あらすじを読んだだけで身震いがする。麻薬、臓器売買、アステカ神話が交錯する、圧倒的恐怖と熱量に満ちた犯罪小説。
●『私のいない部屋』
レベッカ・ソルニット 著、東辻賢治郎 訳/左右社
『災害ユートピア』『説教したがる男たち』など一連の著作で知られる著者の自伝。著者の名前は知らずとも、「マンスプレイニング」の概念は知っているはず。父親のDVから逃れるように10代で家を離れ、サンフランシスコの黒人居住地区にある安アパートに自分の部屋を見つけたこと。安ホテルで働きながら勉学に励んだこと。美術館のバイトで修了論文の題材と出会い、文筆活動を始めたこと―。語られるエピソードは強烈。
●『TOKYO REDUX 下山迷宮』
デイヴィッド・ピース 著、原敏行 訳/文藝春秋
国鉄の総裁が出勤途上で百貨店に立ち寄ったまま姿を消し、鉄路上で轢死体となって発見された―。1949年7月、GHQ占領下の東京で起きた有名な「下山事件」。この事件の謎に、日本在住の英国人作家デイヴィッド・ピースが挑む。著者の筆致に好き嫌いは分かれるだろう。筆者は前者の方だ。
●『オリンピック反対する側の論理 東京・パリ・ロスをつなぐ世界の反対運動』
ジュールズ・ボイコフ 著、井谷聡子・鵜飼哲・小笠原博毅 監訳/作品社
日本国内では開催反対の世論が圧倒的だったのに、なぜIOCは東京五輪を強行しようとしたのか。著者は理由を3つ挙げる。「それはマネーとマネー、そしてマネーのため」だと。著者は米国の元五輪選手で、五輪研究の第一人者。平昌、リオ、ロンドン、そして東京、ロス、パリといった五輪開催地・予定地での調査・取材をもとに、世界に広がる五輪反対の動きやその論理、社会的背景をまとめた。膨大な費用、環境破壊、弱者を追い詰める都市開発、過度な商業化などなど「資本主義の化け物」と化している現代の五輪。本書を読んで、「五輪はいらない」という思いを改めて強くした。
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近年、読む本の量が顕著に減っている。仕事上の必要に駆られて読む本しかり、自分の関心分野や趣味嗜好関係の読書しかり。時間を捻出できない理由はさまざまあるが、これではいけないと思っている。来年は今年よりも多様な分野の多くの本を読みたい。
今年も1年、ご愛読ありがとうございました。みなさん、よいお年を。
来年もよろしくお願いします。(相)