「偏見に基づく身勝手な犯行」、被告に懲役4年の判決/京都ウトロ放火事件
広告
【9月1日追記】
判決言い渡し後に発表されたウトロヘイトクライム被害者弁護団の声明文をアップしました。声明文全文はこちらから。
昨年7月から8月にかけて、愛知県名古屋市にある在日本大韓民国民団愛知県本部と韓国学校、在日朝鮮人が多く住む京都府宇治市伊勢田町のウトロ地区の建物に火をつけたなどとして、非現住建造物等放火、器物損壊などの罪に問われた有本匠吾被告(23、奈良県桜井市)に対する判決が8月30日、京都地方裁判所で言い渡された。
増田啓祐裁判長は「在日韓国朝鮮人という特定の出自をもつ人々に対する偏見や嫌悪感に基づく、独善的かつ身勝手な犯行で、酌むべき点はない」「民主主義社会において到底、許容できない」として、検察の求刑通り懲役4年を言い渡した。
京都ウトロ地区という在日朝鮮人集住地域に火が放たれたというショッキングな事件は、逮捕された容疑者が差別的な動機から犯行に及んだことを供述し、名古屋の民団施設にも放火していたことで社会的に大きな関心を集めた。ウトロ地区の住民や被害者側の弁護団は、一連の事件が人種や民族など特定の属性を持つ人々に対する差別的動機によって引き起こされる犯罪(ヘイトクライム)に当たると指摘。公判で被告の犯行動機を民族差別であると立証し、裁判所が量刑に反映するよう訴えてきた。今回の判決は、「在日韓国朝鮮人に対する偏見や嫌悪感に基づく犯行」としたが、「差別」の文言は入らなかった。
判決によると、有本被告は昨年8月30日、ウトロ地区の空き家に火を付け、周辺の民家など計7棟を全半焼させた(京都事件)。これに先立って、7月には名古屋市内で民団愛知県本部と韓国学校にも火を付けた(名古屋事件)。ウトロ地区での放火によって、今年4月に開館した平和祈念館に展示予定だった立て看板などの貴重な歴史的資料40点も焼失した。
有本被告はこれまでの公判で起訴内容を認め、一連の事件の動機について「韓国人に対する嫌悪感や敵対感情がある」「韓国人が優遇される社会に対し問題提起したかった」「ウトロ平和祈念館の開館を阻止する意図もあった」などとのべていた。検察側は、被告が事件の前に失職したことへの憂さ晴らしが主な動機だとして、「在日韓国人およびその関連団体に対して一方的に抱いていた嫌悪感から事件を起こした」として懲役4年を求刑していた。
今回の判決で増田裁判長は、被告の動機について、「在日韓国朝鮮人が不当に利益を得ているなどとして嫌悪感や敵対感情等を抱くとともに、日本人もこの問題を考えることなく放置しているなどとして不満を持っていたところ、離職を余儀なくされるなどして自暴自棄になる中、鬱憤を晴らすとともに、在日韓国朝鮮人や日本人を不安にさせてこの問題に世間の注目を集め、自分が思うような排外的な世論を喚起したいなどと考え」、名古屋事件を起こしたが、期待したほど世間の注目を集めなかったため、より大きな事件を起こそうと、ウトロ地区内の家屋に放火したと指摘。京都事件については、「地域住民にとっての活動拠点が失われ、その象徴とされる立て看板等の史料が焼失するなどしており、被害者らが被った財産的損害のみならず精神的苦痛も大きい」とした。
裁判長はこのような犯行動機が、「在日韓国朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく、独善的かつ身勝手なものであって、酌むべき点はない」と厳しく断罪。また、「暴力的な手段に訴えることで、社会の不安をあおって世論を喚起するとか、自己の意に沿わない展示や施設の開設を阻止するなどといった目的を達しようとすることは、民主主義社会において到底許容されるものではない」と非難した。そのうえで「重大な結果を生じさせた刑事責任はかなり重く、反省が深まっているようにはうかがえない」として、懲役4年を言い渡した。
「『差別』という言葉が出なかったことは残念」
奇しくも、判決が言い渡されたこの日のちょうど1年前にあたる2021年8月30日、ウトロ地区内で放火事件が起きた。
判決言い渡しの後、京都、名古屋両事件の被害者、弁護団らが出席しての記者会見が行われた。京都事件からは、郭辰雄・一般社団法人ウトロ民間基金財団理事長、ウトロ平和祈念館副館長の金秀煥・総聯南山城支部委員長、豊福誠二弁護士ら弁護団メンバーが、名古屋事件からは民団愛知の河隆實団長、趙鉄男事務局長と青木有加弁護士らが出席した。
出席者らは、判決を一定程度評価する一方で、判決に「差別」の文言が入らなかったことに対しては残念な思いを吐露した。
金秀煥さんは次のように語った。
「判決を受けてほっとしている。今回の事件が単なる空き家に対する放火で済まされ、差別や偏見に基づく深刻な犯罪という側面が切り捨てられた判決が出れば、この社会でこのような犯罪が許されてしまうことを意味する。そのような判決が出た場合、住民たちにどう説明したらいいのか不安な思いもあったが、この社会は一歩一歩進んでいるんだということ住民たちに伝えられるような判決だった。2009年の京都朝鮮学校襲撃事件も経験した人間として、このようなことは許されないんだという声が当時とは比べ物にならないくらい大きく上がったと感じている。京都のみならず日本全国でこのような差別事案に対して当事者たちが身を切る思いで声を上げ続けてきた、その連続性の中で今回の判決がある。この社会は市民の良識によって前進している。長らく差別や偏見にさらされる中でも力強く生きてこられたウトロ住民たちにそう伝えたい」
一方で金さんは、「検察の論告よりも踏み込んだ内容で裁判官が判断してくれたが、なぜ差別という言葉が出なかったのか。それが残念でならない」と悔しさをにじませた。
郭辰雄さんも、「検察側は『悪感情に基づく嫌悪感』と言っていたが、判決は明確に偏見という言葉を使った。今回の犯行によってウトロがこうむった極めて重大な被害について踏まえてくれた判決だったと思う。差別が原因であるという点、社会全体として差別にどう向き合っていくかというメッセージを発するという点では不十分さは否めないが、私たちには少しでも前に進める思いを与えてくれた。このようなことを二度と起こさないための取り組みを考えていきたい」と話した。
民団愛知県本部の趙鉄男事務局長も、「ある程度、我々の声が裁判所に届いたのかな」と話した。
ウトロ被害者の弁護団は今回の判決に対してより厳しい見方を示していた。
弁護団は、発表した声明文の中で今回の判決内容について、「マイノリティが現にヘイトクライムの危険にさらされている現状に目を向けない、まことに不十分だったものといわざるをえない」と指摘。「日本の刑事司法の歴史上はじめて、公判廷において人種差別目的が認定されるか注目されていたが、残念ながら『人種差別』『差別目的』という言葉は表れなかった。あれほど公判廷において被告人が自ら何度も延べ、調書においても人種差別目的を縷々自白していたにもかかわらず、裁判所は差別という言葉を一度も使わなかった。この点については厳しい評価になる」と批判した。
豊福誠二弁護団長は「検察の求刑どおりの判決が出たことで、裁判所が重く受け止めていることは分かった」と感想をのべつつも、「差別に基づく犯行という意味づけがなされていない。差別は憲法で禁止されており、嫌悪感や敵対感情など個人の感情とは違う。差別はだめだと明確に言うべきだった」と批判した。(相)