本はなにも助けてくれない?
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「あなたにとって本とは?」「つながり」―、TVから聞こえてきた声に耳がとまる。本好きの著名人が読書遍歴や自身の本棚について紹介する番組で、すでにエンディング間近のやりとりだった。
寝る支度をしていたところだったので、そのまま歯を磨き終えて布団に入り、一段落ついて自分にも同じ問いを向けてみる。「日常の隙間を埋めてくれるもの」という言葉が浮かんだ。
例えば電車やバスでの移動中、なにかの待機時間といった時間の隙間。なんとなくイメージしていることや感じていること、考えていることの隙間。もやもやしていたりメンタルにダメージを受けて生じる心の隙間。
幸い、いろんなジャンルの積読があるので、隙間の種類に応じた本選びができる。いま現在の自分は、こんな関係で本とつきあっているのだな、と認識する機会になった。
翌日、YouTubeを開いているとサムネイルの一つに「人生を変えた本」の文字が。おすすめ動画として上がってきたらしい。
配信元は「東京の本屋さん~街に本屋があるということ~」。初めて知るチャンネルだった。開設当初は、タイトル通り都内の本屋さんを数多く紹介している。
そして最近シリーズ化されたのが、さまざまな著名人の「人生を変えた本」を紹介する、#木曜日は本曜日 という企画のようだ。
動画に登場する著名人のことをほぼ知らず、また本を通して語られるのはとても個人的なエピソードなのに、不思議と共感できる部分が少なくない。
一方で、その人なりの表現方法に「ほー」と頷かされることもあった。何本か観たが、そのうち特に印象的だった二人の言葉を一部紹介したい。
一人目は、漫画編集者の林士平(りん・しへい)さん。携わった漫画に注目作・ヒット作が多く、「超敏腕編集者」「ヒットメーカー」としてネットや雑誌、テレビでも取り上げられている。
私は昨年アニメ化もされた漫画『チェンソーマン』を読んでいるので、林さんの名前は知っていた。実は密かに「림사평(林士平の朝鮮語読み)…在日朝鮮人?」と思いつつ、積極的に調べることはなかった。
しかしちょうど#木曜日は本曜日 のラインナップに名前があったので、すかさず視聴。結論から言うと、林さんの両親は台湾人だった。
林さんは『二年間の休暇』という海外文学を紹介。本の中で描かれる人間関係に言及しながら以下のように語った。
(子どもの頃、日本で暮らしながら)2世の悩みというか、言葉は分かるけど文化的にはちょっと違うみたいな感覚はありましたね。…日本語は喋るけど家庭内では両親は台湾語を使っているっていう家庭だったんで、なんか浮いてる感みたいのは幼い頃からずっと感じてましたね。今となってはその感覚もすごいありがたい財産なんですけど
日常的に感じていた異質感が、今となってはありがたい財産。その言葉にとても説得力があった。
もう一人は、車いす生活を送る母親やダウン症の弟との日常などをテーマにした文章を発信している、作家・エッセイストの岸田奈美さん。
「一度に何冊くらい本を買いますか?」との問いに、「本屋さんで手に積む本の高さって不安の高さなんですよ」と返したところが個人的に刺さった。
自分も過去にどうしようもなくむしゃくしゃして悲しくなった時にどうしたらいいか分からず、とりあえず本屋へ駆け込んだことがある。
しばし棚を物色しても気分は晴れず、むしろ(本はなにも助けてくれない)という言葉まで頭をよぎった。
しかし、そんな絶望を感じたのも束の間、ふと目線を落としたところに気になる本があり、とりあえず感情を鎮めるために購入した。
近くにあったカフェに入り読み進めているうちに、本の内容はそのとき自分が直面したイライラや悲しみと直接リンクするものでは全然なかったのに、不思議とマイナスの感情が通り過ぎていって気持ちが落ち着いた。
(しっかり本に助けられているじゃん)…気が抜けて笑ってしまった。
そんな経験が思い出されて妙に納得したのである。
#木曜日は本曜日 では毎回、動画の最後に「あなたにとって本屋さんとは?」との質問がなされる。その回答も人それぞれで面白く、無性に本屋へ行きたくなる。(理)