現場報告 MBSラジオの差別発言と闘う
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人権感覚欠く、視聴率優先の番組作り
文時弘(在日本朝鮮人大阪人権協会 事務局長)
2月21日、МBSラジオ(大阪市)の番組「上泉雄一のええなあ!」において、ゲストスピーカー上念司氏が、朝鮮学校を「スパイ養成的なところもあった」とするなど、朝鮮学校の名誉を著しく毀損するほか、総じて在日朝鮮人への攻撃を扇動するヘイトスピーチというべき問題発言を行った。
在日本朝鮮人人権協会傘下の関西3団体(在日本朝鮮人大阪人権協会・在日本朝鮮人兵庫人権協会・在日本朝鮮人人権協会京都協議体)は、公共性・公益性のあるマスメディアであるラジオ放送において放送された事態の重大性を鑑み、МBSラジオ社を相手に、抗議行動を展開してきた。(月刊イオ2023年5月号から転載)
“スパイ養成的なところもあった”ー事件の経緯
まず、私たちは発言に関する社の立場を確認すべく、3月3日付の「質問状」を送付した。質問状は、「スパイ養成的なところ」といった発言内容が「京都朝鮮学校襲撃事件」(2009年)の裁判(京都地裁2013年10月7日判決)において、「学校法人としての社会的評価たる名誉を著しく損なう不法行為である」として判断されたものと同様のものであり、また「ヘイトスピーチ解消法」の趣旨にも反する内容であり、また放送倫理に反する内容であると考えられることなどについて、社の回答を求める内容である。
3月10日、МBSラジオ社は抗議への対応として、①当該番組ホームページ内での「お詫び」を掲示し、②YouTubeなどオンライン上の配信に関し、当該発言内容のうち「スパイ養成的なところもあった」という部分のみをカットするという対応をとったが、①については1日のみの掲示であり、また②については当該サイト上においてなんの説明表記されない、あまりに不十分・不誠実な内容であった。
さらに「質問状」に対して3月14日付の回答が郵送で届けられたが、当該発言が「子どもたちの人権を守る」論旨からなされたものであり、あくまで「現在の朝鮮学校に関する発言であるとの誤解を招く」ものであったとするなど、およそ首肯しうる内容ではなく、当該発言の問題性とМBSラジオ社の責任について理解し反省するものではなかった。
メディアに発信
保護者のオモニたちが訴え
こうした対応をうけて、「質問状」およびМBSラジオ社の回答を人権協会サイトにおいて公表、メディアへの情報提供も開始し、より広範な抗議運動を展開した。一連の経緯は大きくメディアに取り上げられ、MBSラジオ社への批判の声が大きくなる中、МBSラジオ社は1日で削除していた「お詫び」をホームページ上に再掲し、当該回のYouTubeオンライン配信をすべて停止する対応をとった。
しかし、3月17日に行われたМBSの改編期の定例記者会見の場において、今回の問題について記者から質問が出されたところ、上念氏の発言は「民族教育を否定しておらず、ヘイトスピーチではない」として、その発言を追認する立場を公言したことから、さらに批判の声が大きくなり、報道においても連日取り上げられる事態となった。
そのような中でMBSラジオ社から、当初否定していた当事者との直接面談の場を用意する旨の連絡があり、3月24日に持たれた面談には常務取締役はじめ役員4名が参席し、人権協会代表4人と大阪のオモニ会代表など保護者11人の計15人が真向かって直接抗議の声をあげた。
面談では、前日23日に唐突に発表された上念氏の降板について、「発言の問題性を受けてのものではない」とし、その発言が京都朝鮮学校襲撃事件における「在特会」メンバーによるものとは性格を全く異にする「根拠に基づいた論評」であったとするなど、ヘイトスピーチの概念を極めて狭く解釈する態度に終始した。
参加した保護者からは、朝鮮学校に子どもを通わせる立場から怒りの声があげられた。
「情勢が緊張するたびに、子どもに無事に帰ってくることを毎日願っている。その気持ちがわかりますか?」「どういう気持ちで朝鮮学校に通わせているかわかりますか?子どもを守るためって、じゃあ保護者は加害者なんですか?」
保護者の切実な声を聞く中で、「自分にも子どもがいるが、立場を置き換えて考えると……本当に想像力が欠けていた」と正直に吐露する役員もいたが、社としての見解が改められることはなく、私たちは再発防止のための具体的な対応を求める「抗議・要請書」を提出した。
その後、3月31日にはМBSラジオ社の常務取締役など2名の役員が大阪人権協会事務所に来訪し、直接「抗議・要請書」の回答を持参し説明を行った。そこでは、24日の面談における保護者など当事者の声を社として重く受け止め、問題の根底に朝鮮学校・民族教育への無理解があったことを表明し、その「知見を深める努力」を具体的に進める旨の表明があった。しかし、依然として上念氏の発言についてはその見解を撤回することはなく、要請項目に掲げたステートメントの発表も否定する不十分な内容であったことから、今後、マスメディア全般において同様の事態が発生しないよう、BPO(※)における審議の契機とすべく、放送倫理検証委員会に一連の経緯に関する資料提供を行った。
マスメディアの
社会的責任はどこへ
実行犯が差別排外主義的な動機を隠しもしなかった「ウトロ放火事件」(2021年)は記憶に新しいが、在日朝鮮人へのヘイトクライムが頻発する状況下において、在日朝鮮人への攻撃を扇動する「犬笛」のような発言が、平然とマスメディアで流されれば、在日朝鮮人に対する猜疑心や攻撃的な思考を一層固着化させ、朝鮮学校の保護者・生徒の日常に恐怖をもたらす。今回の抗議行動は、何よりそうした状況に楔を打つためのものであり、大きく社会問題化した時点で大きな意義があったと思う。
いみじくも上念氏は「…こういう番組でもこういう話をできるようになったんで、本当にいいことなんですけど」と発言しているとおり、とりわけ「朝鮮に対しては何を言ってもいい」という空気感があり、政治的公平性を欠いた朝鮮報道が日常化している。
МBSラジオ社は、出演者を守るためか、上念氏の発言に対する見解を変えることはなかった。しかし、公共性・公益性のあるマスメディアとしての責任を鑑みたとき、MBSラジオ社は、放送内容がどのような社会的効果をもたらすかを、最も慎重に考えるべき立場にある。
今回のМBSラジオ社に限らず日本のマスメディア全般にわたる問題として、想像力と人権感覚を欠いた視聴率・聴取率優先の番組作りに終始する姿勢そのものが改めて問われなくてはならないと思う。
最後に、改めて強調しておきたいことは、抗議行動において、「京都朝鮮学校襲撃事件裁判」など、これまでの闘争の成果にいかに力をもらったかということだ。あらゆる困難に直面しつつ、闘いぬいた一つひとつの闘争の成果の積み重ねが、現在の私たちの闘いの「具体的な力」となって背中を押してくれている。そして今回の行動もまた、これから何らかの形で参照される、小さくとも着実な一歩になればと思う。
※人権協会による「質問状」、「抗議・要請書」とМBS社の回答の全文および事実の経緯については、人権協会サイトでご覧になれます。
※BPO:NHKと民放連によって設置された第三者機関で、放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応する。主に、視聴者などから問題があると指摘された番組・放送を検証して、放送界全体、特定の局に意見や見解を伝え、一般にも公表し、放送界の自律と放送の質の向上を促す。