トウキビの天ぷら
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先日、とある大学時代の先輩と久しぶりに会食の席をともにする機会があった。
会えばおしゃべりが尽きない、誰にでもフレンドリーでユーモアにあふれ、学生時代も今も多くの人から慕われる人気者だ。
その席で交わした思い出話に、ふと心が温かくなった。拙い文章ではあるが、私の肥しとなっている話だ。ここに書き記しておこうと思う。
◇◇
今から数年前、比較的長期の北海道出張に行った。
取材日程が終盤にさしかかったある日のことだった。
「せっかく北海道に来たんだから、東京に帰る前に美味しいものを食べて帰らないと。何が食べたい?」
同胞たちがかけてくれたありがたい声に、当時まだ駆け出しだった私は心の赴くままこう答えた。
「トウキビ※の天ぷらが食べたいです!」(※トウモロコシ、北海道で会った人たちは『トウキビ』と言っていた)
何故かはわからない。ただその時、その瞬間、どうしても食べたかったトウキビの天ぷら。
パツパツに詰まったトウキビの粒たちが、サックサクの衣にくるまって、金色に輝くそれ。噛むとアツアツのトウキビたちが衣からはじけて口の中に広がる。絶妙な塩味がその優しい甘さを一層際立たせる。本当に絶品なのだ。
私の一声に、周りにいた人たちは首をかしげた。
「?」――そんな文字がいたるところから浮かび出てくるかのようにも感じられた。
それもそのはずだろう。確かにトウキビは北海道の名産だが、その天ぷらは決して北海道でしか食べられない限定料理という訳でもない。しかもピンポイントすぎる要望。今の私だって誰かにそんなことを言われたら反応に困る。
しかし。
その場に居合わせた皆が、一斉にあらゆる店に電話をかけてくれたのだ。
――「トウキビの天ぷら、ありますか?」
もちろんすぐに見つかるわけがない。しかもその時の季節は冬。いくら北海道とて、トウキビの旬はとっくに過ぎている… 5分、10分と時計の針が打刻する。そんなとき、受話器からこぼれた「あります」の音声。札幌駅から比較的近くにある高級料亭だった。
――「すぐ行きます!」
そうして一緒に店に行ってくれたのが、冒頭の大学時代の先輩、現朝青北海道本部委員長だ。
お目当てのトウキビの天ぷらは、たった一人の青二才の記者 のために尽くしてくれた皆への感謝の思いが相まって、本当においしかった。
朝青委員長は確か祖国での講習から戻ってすぐの頃だったと記憶している。揚げたてのそれをつまみに、祖国のこと、仕事のこと、取材の感想など、あれやこれやと語り合ったのだった。
◇◇
イオや朝鮮新報に掲載されるさまざまな記事や写真は、その現場の活動家、同胞たちとの連携プレーの賜物だ。唯一無二のビジネスパートナーともいえよう。現場のかれかのじょらなくして私たちの仕事は決して成り立たない。それは取材の場面はもちろん、そうでない場面でも。いつも、どこに行っても同じだ。「何が食べたい?」――そう言って、お腹だけでなく、心をも満たしてくれる。
記事になることはないだろう。でも、その徳と情は何にも代えられないもので、記者として、いち総聯活動家として、さらには人間として常に自分を肥やしてくれる。
「トウキビの天ぷら」。現場の同胞たち、活動家たちからもらったたくさんの宝物の一つとして、ずっと心にとどめておきたい思い出だ。
◇◇
右も左もわからなかった当時のことを、当時はまだあまり飲めなかったお酒を酌み交わして大爆笑しながら語らった。決して長くはないが短くもない、酸いも甘いも 乗り越えながら「振り返られる年月」を得られたことに、感謝と幸せを感じられたひと時だった。(鳳)