日本のマスメディアと朝鮮学校
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先日、朝のニュース番組で都内の朝鮮学校の交流行事が放映された。番組は学校の老朽化について報じつつ、朝鮮学校が高校無償化制度からはずされていること、2010年に東京都の補助金が支給停止になっていることを伝えていた。政治的な対立の渦に子どもを巻き込んでいいのか、という問題提起もなされた。
しかし、言いようのない違和感が残った。
違和感の正体は、この番組に「在日コリアンにとっての民族教育の意義」という視座がすっぽり抜けおちていたこと。
当時の石原慎太郎都知事は、「都民の理解を得られない」と補助金を凍結したが、同じく補助金を止めた大阪府知事とともに東京都知事の行動は、明らかに朝鮮学校を狙い撃ちにした差別だった。
※石原都知事が行った補助金凍結については、2011年12月15日のブログを読んでいただきたい。
「朝鮮学校への補助金には法的根拠がある」
https://www.io-web.net/ioblog/2011/12/15/75368/
番組のコメンテーターからは、
「そもそも補助金がなくなるのが、都の『こども基本条例』に反するのか。朝鮮学校の経営が下手くそすぎる問題だ」との発言が出た。社会の目が厳しい朝鮮学校に通わせる、教える「リスク」も話された。
若いコメンテーターの発言には、憎しみに近い感情がにじんでいたように思う。
かれはなぜ、朝鮮学校を一般的な私立学校としかとらえないのだろうか?
日本人を育成することを目的とした、日本の公立学校で、コリアルーツの子どもたちの民族的なアイデンティティを育てられると思っているのだろうか?
かれに在日コリアンの友人はいるのか? 朝鮮学校を訪れたことはあるのだろうか?―。
番組放送後、このコメンテーターがなぜこのように考えるように至ったのかを、ずっと考えていた。
高校無償化制度は、日本政府がすべての子どもに学ぶ権利を保障しようと外国人学校に初めて国庫補助がなされた画期的な制度だったが、外国人学校の中で唯一、朝鮮高校だけが審査を先延ばしにされ、結果的に対象から外された。
さらに国は、朝高生たちが後輩たちのために差別をなくそうと始めた裁判を悪用。弁論の場で国は、朝高が無償化の対象から外れたのは、朝鮮学校に責任があるとの言いがかりをつけ、世論を操作した。
日本各地の5ヵ所で行われた裁判を報道する過程で、このことは繰り返し書いてきたので割愛するが、日本政府発の「論理」をそのまま受け流している日本の公共メディアがどれほど多いことか。この番組も朝鮮学校が被っている差別の現状について、官製ヘイトをなぞる説明に終始していた。
番組の編集とコメンテーターの話は、1945年8月の日本の植民地支配解放後に朝鮮学校が作られた歴史、子どもの「学ぶ権利」への視座が決定的に欠けていた。
地域の市民たちと楽しく交流しようと、行事を懸命に準備した教職員や保護者たちはさぞかし悔しかったと思う。
MBSラジオの差別発言https://www.io-web.net/ioblog/2023/04/12/90251/に続き、
日本のメディアを覆う「朝鮮学校憎し」の空気、その根が深いことを改めて思い知らされた。
私たちは、いつまで説明を続ける必要があるのだろうか。(瑛)