朝鮮大学校での日々を共に過ごした友人たちと
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大人になったいまでも一番連絡を取り合っているのが、朝鮮大学校での日々を共に過ごした友人たちだ。
朝鮮大学校教育学部美術科を卒業した私だが、高校卒業後の進路を迷っているとき、実は行きたかったのはメイクの専門学校だった。
だが、オモニの「朝鮮大学校は必ず行きなさい! そこに行けば全国に友達ができるし、真の友達をつくることもできるから。オモニは行けなかったから後悔してる。だから、あなたには行かせたい。その後好きな道を選んでいいから」の言葉に押されて、朝鮮大学校進学を決めた。
今思えば、本当に感謝してもしきれない。
美術科は2年制だが、私は学生2年経たのち、特設班でより専門的に勉強するという形で残り、計4年を朝鮮大学校で過ごした。
その4年間は、今思い返しても、濃密で。
常に悩み、泣いたり、笑ったり、そして思い切り勉強もできたすごくいい時間だったと思う。
そして常に寝食を共にする友人がいたことが、なにより大きな力となった。
たくさん語りあうことで、お互いにどんな性格かをある程度わかっているという関係性はすごく楽であるとともに、久々にあっても気心が知れて楽しい。
今年の夏季休暇、大学時代の友人が東京に遊びに来るということで、東京で集まれるひとたちで久々に食事会をした。
ランチをしたあとは、屋外のビアガーデンで、ビール片手に話が盛り上がった。
日々の暮らしの愚痴などもこぼしながら、気心が知れた友人たちと久々に笑いあえたことで、日々溜まり続けていた心のつかえも取れた気がした。
孔子の言葉で「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」とある。「四十にして惑わず」とあるが、悩みは日々尽きない。
それでも、友人たちと久々に語りあうことで、ある程度消化できることに、また改めて感謝した。(愛)