崔さんヘイトブログ裁判の判決に接して
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既報のように、多文化交流施設「川崎市ふれあい館」(神奈川県川崎市)の館長を務める在日朝鮮人女性・崔江以子さん(50)が2016年からインターネット上で4年以上にわたって、「さっさと祖国へ帰れ」などと匿名の差別投稿を繰り返され、精神的苦痛を受けたとして2021年11月18日、305万円の損害賠償を求めて茨城県在住の40代男性を訴えた訴訟で今月12日、原告勝訴の判決が横浜地裁川崎支部で下された。判決は、「日本に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」という被告の投稿について、ヘイトスピーチ解消法2条にある「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該当するとし、慰謝料100万円、「差別の当たり屋」や「被害者ビジネス」との表現は原告の名誉感情を大きく侵害したとして慰謝料70万円、その他弁護士費用含め合計194万円の支払いを被告に命じた。
判決の概要についてはすでに本誌でもウェブで報じているが、今回はこの裁判および地裁判決の意義を原告側弁護団の見解に基づいてまとめてみた。
原告側弁護団は、インターネット上の匿名者に対する民事裁判としての意義(①崔さんに対するインターネット上の匿名者の4年以上にわたる執拗な攻撃を止めた、②匿名の攻撃者を特定し償わせることによる被害者の救済、③本件加害者およびほかの崔さんに対する攻撃の抑止、④ネット上の匿名者による在日コリアン全体への攻撃の抑止)とともに、「祖国へ帰れ」という表現が差別かつ違法であることが認められた点を評価している。具体的には、以下の5点をあげている。
①「帰れ」との表現が「差別」と認定された
②「帰れ」との表現が「差別」かつ違法と認定され、名誉棄損・侮辱などと別の独立した不法行為類型として確立された
③②によって、ネット内外の「帰れ」表現の抑止効果
④ヘイトスピーチ解消法に禁止規定がないことを実質上補い、同法の改正、さらに「帰れ」などの差別的言動を違法とする差別禁止法の制定の法的根拠になった
⑤これまでの、また現在進行中の差別被害者による「差別は違法」を求める反差別訴訟の成果の継承、発展
①に関しては、「帰れ」との表現はヘイトスピーチ解消法第2条の「不当な差別的言動」(脅迫型、侮辱型、排除型)にあたる典型的なヘイトスピーチ(3つの類型のうち「排除型」にあたる)であり、在日コリアンに対するネット上などの差別的言動のうち最も多い類型だ。力関係の圧倒的な差を前提としており、外国ルーツを持つ側が反論できない点で深刻な被害をもたらす。脅迫型・侮辱型は犯罪類型、不法行為類型でもあるが、排除型はそのような現行法上の犯罪、違法類型とされていないことなどから、表現の自由の範囲とされてしまう危険性も高く、これまで判例上、「帰れ」型の表現が「差別」と明確に認められた例は少なかった。
②については、ヘイトスピーチ解消法に禁止規定がないことから、差別と認められても違法要素として認められず、損害論で考慮されるにとどまったり、違法と認められても独立の類型ではなく侮辱の一種とみなされることが主流だった。
原告側は、「帰れ」との表現はヘイトスピーチ解消法第2条に該当する差別的言動であり、「差別され社会から排除されることのない権利」を侵害し違法だと主張してきた。その内実は、日本国憲法第13条に由来する一般的かつ包括的な人格権、すなわち同じ人間として平等であること―人間としての尊厳だといえる。
「祖国に帰れ」という投稿は崔さんの存在自体を否定する差別言動であり、原告に対する人格権侵害である―地裁は、崔さんが本人尋問でのべたことをしっかり受け止め、同志社大学の板垣竜太教授による意見書でも強調された「祖国へ帰れ」発言の歴史的な重みも受け止めて判決を下した。
原告側弁護団の師岡康子弁護士は判決言い渡し後の報告集会で、「これ以上、崔さんに負担をかけたくない。ここまでの判決を勝ち取った。『判例を積み重ねて』と言う人もいるが、もうここまでやれば十分だ。あとはマジョリティの責任で差別禁止法の制定へ進むべきだ」とのべた。
崔さんは7年前から4年以上にわたって行われてきたヘイトスピーチを止めるために、やむにやまれず民事裁判を起こした。地裁で勝訴判決を得たが、裁判を起こしたことで新たなヘイトスピーチを浴びせられるなど、裁判が本人および家族にとって大きな負担となったことは想像に難くない。崔さんはこの間の期日後の記者会見および報告集会で、「ハルモニたちや子どもたちとの約束を果たす」という自身の思いを幾度となく表明してきた。これまで「祖国へ帰れ」という言葉に苦しめられてきた人びと、そして次に続く世代に同じ苦しみを味わわせたくないという本人の思いに取材過程で触れてきたこともあって、筆者自身も今回の判決内容に胸が熱くなった。(相)