「人は見た目が9割」? クリスマス映画「ラブ・ハード」が面白い
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クリスマスが好きだ。実家が自営業をしており、毎年クリスマスが近づくとお店にツリーを出していたのだが、その飾り付けをするのはいつも私の役目だった。
気の抜けた表情のサンタ、ペラペラな星、少し不気味なピエロ、カラフルなきらめく球…、年に1回、大小さまざまなオーナメントがぎっしり入った箱を押し入れから取り出すのが楽しみだった。
大人になってもクリスマスが近づくと無性にその雰囲気に浸りたく、先日もクリスマスソングを聴きながら都心をうろついてきた。東京駅の近くでクリスマスツリーを4台見つけ、満足して帰路についた。
引き続きクリスマスムードを味わいたく、次は映画に手を出すことに。Netflixを開き「クリスマス」でワード検索。大量の候補の中から目についたのは、こんなサムネイルだ。
クリスマス映画と言えば恋愛もの、しかもまだまだ主人公が白人であることが多い。特に恋愛ドラマが観たいわけではなかったが、アジア系の俳優がメインの登場人物なのは珍しかったのと、あらすじも面白そうで鑑賞を決めた。
デート事情を執筆しているLAの記者が、アプリで出会った完璧な男性。クリスマスにアポなしで東海岸へと飛んだはいいが、理想の彼はなりすましだった。(Netflixより)
理想の相手に出会うべくマッチングアプリを続ける主人公・ナタリー。デートはすべてうまくいかないが、悲惨な失敗談をコラムにすることで人気を博している。しかし好んで失敗しているわけではない。
毎日愚痴を聞かされ続けている同僚のケリーは、「地元にこだわるからだ」と言ってナタリーのスマホを奪い、相手の検索範囲を半径8キロから4800キロに拡大する。
その夜。ルーティンのように開いたアプリで顔が好みの男性がヒット。ジョシュというその男性は紹介文も常識的で、試しにメッセージを送ってみるとテンポよく会話が続く。ユーモアのセンスや趣味も合い、毎日のように連絡を取り合ううちに親密度が増していく二人。そしてある日。
クリスマスを一緒に過ごしたいよ。
ヘンなこと言ってる?
ジョシュからのメッセージにときめくナタリー。舞い上がったかのじょは、サプライズでジョシュの暮らす街・レークプラシッド(ニューヨーク州の北東部に位置する町)を訪ねることに。
勢いで荷造りまで済ませてようやく少し我に返ったナタリーは、ケリーを前に「私イカれてるよね どうしよう」と頭を抱える(ここまでで開始14分)。これに対してケリーは以下のように諭す。
“イカれてる”は 違う結果を期待して同じことを繰り返すこと
あなたは今まで会ったのとは正反対な男に会うために4800キロ旅するのよ。皮肉に聞こえるけど一番マトモな行動かも
台詞を見た瞬間、(この映画は信頼できる)と感じた。膝を打つ表現というか、ものの真理をこうしてさらりと作品に込めているのが素敵だと思った。
さらに観進めていくと、ナタリーが「Baby, It’s Cold Outside」という曲を「デートレイプを推奨してる」「性的暴行の歌よ」として嫌悪感をあらわにするシーンもある。
ここはよく分からなかったので調べてみると、アメリカではクリスマスの季節によく聞く曲だそうで、家に帰りたがっている女性と、なんとしてでもかのじょを引き止めたい男性のやり取りが歌詞になっている。歌の内容について、若い世代を中心に2010年頃から物議をかもしているようだ。
かつては世間に違和感なく受け入れられた楽曲が、後世に再評価されることは日本でもよく見られる現象である。私もホフディランによる「スマイル」の歌詞の一部(いつでもスマイルしててね/深刻ぶった女はキレイじゃないから/すぐスマイルすべきだ/子供じゃないならね)を知った時は恐怖におののいた記憶がある。
脱線してしまった。とにかく、随所にちりばめられた台詞、描かれている内容に、納得できるものや身近なものがたくさんあったのである。
さて、トラブルに見舞われながらも、なんとかジョシュの家に着いたナタリー。しかしそこにいたのは、アプリの写真とは似ても似つかない男性だった。ここから、鼻持ちならないナルシストのオーウェン(ジョシュの兄)やナタリーが見た目に惹かれたタグ(ジョシュに顔写真を使われていた張本人)も登場し、人間関係がどんどん絡まっていく。完全なネタバレはしない方がいいかと思うので、結末に興味のある方はぜひ本編で。
当たり前だが、作品を観進めるうちにジョシュの人となりが分かり、それに伴って表情の一つひとつ、行動、仕草に魅力を感じるようになる。それはまるでナタリーの心情の変化を追体験しているかのようだ。そうして、自分もやはり無意識のうちに見た目で人をジャッジしていることに気づかされる。
1年の間に何回マッチングしたと思う?
3回。
だから実験として標準的なイケメンの写真を使ってみたら
5分で85回マッチングした
女子は大勢いるけど僕とはデートしたくないのさ
「人は見た目が9割」という言葉は、人間心理としてはそうなのかもしれないけれども、このジョシュの台詞を読むとむしろ、見た目だけではその人の1割も知ることができないのだなと感じた。
現にナタリーも最初はタグの顔写真につられたが、ジョシュ自身が持つやさしさやユーモアが心理的な距離を大きく縮めていった。
実は前述の「Baby, It’s Cold Outside」、作品における大切な伏線にもなっており、これが回収されるシーンではまさにジョシュのやさしさとユーモアが発揮されている(その割には、直後に「あらら」という行動もしてしまうのだが…まあ誰も完璧ではないということか)。
恋愛の始まり方だけでなく、ルッキズムや性加害といった観点から既存の価値観を再評価するスタンス、そして近年増えているアジア系俳優の登用(しかも恋愛ものの主役)など、現代的なクリスマス映画に大満足した夜だった。(理)