高演義さん、洪南基さんの訃報に接して
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フランツ・ファノンを知ったのは、朝鮮大学校時代に高演義さんの講義を受けてから、あるいはご本人が書いた文章を読んでからだったと記憶している。『地に呪われたる者』を読みたいが、どこに売っているのか。ファノンの著作が、いやそもそもみすず書房の本がそこらへんの書店に置いてある可能性は限りなく低い。当時はアマゾンもインターネットの在庫検索サービスもない。どうやって調べたのか思い出せないが、大学からそう遠くない国立駅前の増田書店で購入したことだけはよく覚えている。
サイードやファノンらの思想を在日朝鮮人としての自己の歩みを重ね合わせながら読み直し、第三世界、民族、植民地主義といった重厚なテーマをときにユーモアも交えながら縦横無尽に論じる。直接の弟子筋ではなくても、その講義や文章から学んだ人たちは少なくないのではないだろうか。私のように。
大学卒業後は新聞記者、雑誌の編集者として講演やシンポジウムを取材したり原稿執筆を依頼したり、いろいろとご協力をいただいた。
本誌2023年11月号、朝大准教授の林裕哲さんとの対談にご登場いただいたのが本誌との最後のかかわりとなった。テーマは「在日朝鮮人と第三世界」。本誌誌面を通じた高さんからの生前最後のメッセージ。あらためて読み返すと示唆に富む内容となっている。
3月7日には、元朝鮮大学校連合同窓会会長、元同大理事会理事長の洪南基さんの訃報が飛び込んできた。享年74。
「えっ?」
あまりにも突然の知らせに驚いた。雑誌校了日当日の殺気立った編集部内で思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
締切を終えて、ご本人のfacebookをのぞいてみた。ほぼ毎日あった投稿が昨年末で止まっていた。
洪さんには文章の執筆や取材、広告など本誌も多くのご協力をいただいた。
個人的に印象に残っているのは、2022年に連載した「住ライフ」。「在日同胞のライフスタイルを『住』の側面から見せる」というコンセプトの企画。連載の担当を命じられた。一回目を誰にするか―。候補として真っ先に思い浮かんだのが洪さんだった。学究の道、教職の道を進んでいた洪さんがビジネスの道に進んだ理由や、ご自宅のある埼玉と仕事場がある福島の会津を行き来する生活を長く続けていることも知っていたので、企画の趣旨に合うと思い、取材をオファーした。
そして出来上がった誌面がこれ。
シクラメンの栽培に情熱を傾けていることを聞いていたので、写真撮影のシチュエーションは初めから決まっていた。こちらの撮影リクエストにもいやな顔一つせず応じてくれた。
雑誌発行後、ご本人をよく知るある読者からLINEメッセージが届いた。「記事見たよ。『花咲じいさん』みたいだね」。言い得て妙だと思った。
見出しの任運騰騰は禅語で、「あるがままに任せ、くよくよせず悠々と意気高らかに生きること」の意。「好きな言葉」として取材中に言及されていた。ご本人にぴったりの言葉だとあらためて思う。
学生時代に教えを受けた先生や仕事でお世話になった人たちが亡くなるのは悲しい。
ご冥福をお祈りします。(相)