例えば、朝大生活の語り方について
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先日、なにかの拍子にふと「朝大(朝鮮大学校)で生活したから、どこでも生きていけるよな…」と思うことがあった。この言い回しはほかの卒業生からも幾度となく聞いたし、私も友人と言い合ったことがある。
その意味をもう少し詳細かつフラットに書くとしたら、「いま振り返ると右も左も分からない環境に飛び込んで不便な点も多々あったけれど、そうした経験を積んだのだからほかの環境でもまたやっていけるだろう」というふうに言い換えられるだろうか。
仲間内では冒頭の一言で多分に伝わるものがある。実際に時間と空間を一緒にしているからだ。しかし、その感覚に慣れすぎてしまうと、「自分(たち)の中で日常的に使われる定型的な表現が、別のある場所においてはどのような意味を伴って伝わりうるか」ということに無自覚になってしまうこともあるのではないかと思い至った。
例えば冒頭の言葉。これに似たもので、冗談の度合いをさらに強めた表現として「監獄のようだった」というたとえがある。内々でこうした誇張したワードに接すると、咄嗟に笑ってしまうこともある。時代によって確かに規律の厳しさなどはあったかもしれず、なんとなく「言いたいことは分かる」部分があるからだ。
しかしこうした言葉は、朝大についてよく知らない人からすると、当事者が意図していない深刻さを伴って伝わるおそれがある。
さらに危ういのは、そうした内容がテキスト(SNSやブログなど)で発信された際に、在日朝鮮人や民族教育について偏見あるいは差別的な考えを持っている人たちの認識や言説を強化しうる点である。
「やっぱり恐いところなんですね」「当事者たちがそう言っていますよ」
そのような感じで排外主義者にとって都合よく利用されてしまう場面は容易に想像できる。実際には愛着を持っている対象について発した言葉だとしたら、まったく正反対の、集団を批判するための言説に転用されてしまったときの悔しさ、もどかしさはなおさらだろう。
冒頭の言葉に戻るのであれば、「朝大は不便な環境だった」という類のことを言うのは簡単だ。ただ、マイノリティの中で通じる言葉と、そのコミュニティについて知らない層に通じる言葉は同一ではありえない。
こんなふうに定期的にイオのブログを書いている身としても、意識しなければいけないなと感じた次第である。(理)
傾聴に値する一文だと思いました。
朝大での生活が、どこでも生きて行けるほど過酷な経験だとはまったく思いませんが。