Jアラートという“呪い”/金昌宣
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2024年5月27日夜、Jアラート(全国瞬時警報システム)が出されました。
Jアラートは「弾道ミサイルが日本の領土・領海に落下する可能性又は領土・領海の上空を通過する可能性がある場合に使用する」(総務省消防庁)とのことですが、テレビなどのメディアが、Jアラート発信を一斉に報じたことを受け、SNSで朝鮮や在日コリアンへの誹謗中傷があふれかえっています。あってはならないことです。
2023年6月号に掲載された「Jアラートという呪い」(筆者:金昌宣さん)の文章を本誌ホームページに全文掲載します。
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Jアラートという“呪い”
事実を題材にした映画「Our Brand Is Crisis」。邦訳は「選挙の勝ち方教えます」ですが、直訳「私たちのブランドは危機」がいい。大統領選に勝つため相手を攻撃し、不安を煽り世論を操作する南米ボリビアの様子を描いた2015年の映画です。
国民の命と安全を守るためのJアラート(全国瞬時警報システム)。日本の領土・領海に落下する可能性、その上空を通過する可能性がある場合に発信されます。
2023年4月13日、日本政府は北海道周辺を対象に「北朝鮮からのミサイルが発射された模様、頑丈な建物や地下に避難してください」とJアラートを発信しました。JR北海道、札幌市営地下鉄、路面電車は午前8時から全線で運転を見合わせ、通勤、通学時間と重なり大人や子どもが避難、ヘルメットをかぶる姿も見られ数十万人に影響が出ました。
結局落下も通過もしなかったのですが、Jアラートを受け、北海道各局は周辺に「落下するものと見られます」と報じ、某テレビアナウンサーは「落下したということです」などと誤報の一幕もあったそうです。
日本政府は発信から20分後に「可能性はなくなった」と言いましたが、毎朝服を着替えながら聞くお気に入りのラジオ番組は「これまで一度も落下したことはないし、可能性がなくなったというのが20分後ですよ」とイソップ寓話の〝オオカミ来たよ〟的対朝鮮アラート(警報)に強い疑念を表しました。
自由な考えを縛り、都合の良い思考枠に閉じ込めようとする言説を「呪いの言葉」と言いますが(「非国民」「害人」「在日特権」とか)、Jアラートは朝鮮に対する恐怖・脅威・反感・敵視へと脳が自動的に作動するよう仕向ける「呪いの音」ではないでしょうか。小さい頃から〝群れる〟のが苦手で、みんながバズればバズるほど冷めてしまう私には、朝鮮のミサイル発射や核実験についての「視点4ヵ条」があります。
①1953年の朝米休戦協定から今日にいたるまで、朝鮮半島とその周辺に核戦略兵器や最新兵器を搬入し、大規模軍事演習を行い威嚇する米国に対して朝鮮のミサイル発射実験は、国際法で保障された自衛権の行使です。
②日本政府は国連決議違反だと二言目には言うけれど、その決議はダブルスタンダート(二重基準)で、親米国家が核実験やICBM発射実験を行っても制裁決議がなされたことはなく、そんな決議に守るべき公正・普遍性があるのか。著名な国際政治学者・高坂正堯は「すでに核兵器を持つ国が持とうとする国に『持つな』というのは正当性を持たない」と矛盾を言い切ります。
③ 〝唯一の被爆国〟を世界に訴え、落とした米国の「核の傘」に守られ「北の核脅威」を叫ぶ日本政府の姿は説得力がありません。
フランス文学者・森有正は「原爆を落とされてあんなに怒らない国はない」と言ったそうですが、史上初めて核実験を行い投下し、この瞬間も使用可能な様々な核兵器の開発を推進している米国の脅威は一切語らず、朝鮮の脅威を煽り「敵基地攻撃能力」を正当化するは本末転倒です。
④これがいちばん重要です。
脅威の根源は朝鮮のミサイル発射ではなく休戦状態という朝米敵対構造にあり、この構造の解消なくして脅威はなくならないということです。何事も、その問題の根源・根本・始まりから目をそらしてはいけません。(2023年月刊イオ連載「13歳からの朝鮮入門」vol.6、金昌宣)
筆者経歴/キム・チャンソン。1958年京都府生まれ。「新しい世代」編集長、「統一評論」副編集長、1996年創刊の月刊イオ初代編集長。現在、「朝鮮商工新聞」編集長。著書に『在日朝鮮人の人権と植民地主義―歴史・現状・課題』(社会評論社)。2015年から朝鮮大学校で「メディアリテラシー」の講義を受け持つ。