映画「サウンド・オブ・フリーダム」を観た
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先月、友人が映画鑑賞に誘ってくれた。なんでも実話がもとになった衝撃的な内容で、さまざまな動画配信サイトが公開を止めているとのこと。なにかの社会問題を扱った作品のようだ。タイトルは「サウンド・オブ・フリーダム」。
その友人はいつも新しいことを教えてくれるので、今回もきっと期待を裏切らないだろう。そう思ってすぐに日程を合わせた。約束の日はおよそ1週間後。せっかくなので事前情報を一切入れずに楽しもうと思い、検索したい気持ちをぐっとこらえた。
そうこうしているうちに「実話をもとにした衝撃的な内容」「社会問題」という断片はこぼれ落ち、「サウンド・オブ・フリーダム」という響きだけが頭に残ることに。さらにむかし観た「サウンド・オブ・ミュージック」の印象が無意識のうちに混ざってきて、約束当日には「なんかとにかくわくわくする映画」というイメージができあがっていた。
オープニング。軽快なリズムとともに一軒の家が映される。美しい歌声も聞こえる。視点はゆっくりと窓辺に近づき、家の中でリズムを奏でながら歌をうたう少女の姿を捉える。
しばらくすると、一人の成人女性がその家を訪ねてくる。少女には才能があるからぜひオーディションを受けてみないかという話だった。そこに加わってくる少女の弟。「その子も一緒に」。
突然の来訪者に怪訝な目を向ける父親だが、かわいい我が子にせがまれ、オーディションを受けに出かける。しかし一緒に会場へ入ろうとすると「お父さんはここまで」と制止され、あとで迎えに来るよう言われる。
部屋の中には同じように各地から集められたのか、十人ほどの子どもたち。一人ひとり順番にカメラの前に立たされ、何枚も写真を撮られる。子どもらしい髪飾りをはずし、洋服の胸元をはだけさせ、口紅を塗り…。いつの間にか不穏なBGMになっていることに気がつく。
この辺で嫌な予感が。あれ? これ、どんな映画?
夜。先ほどの父親が子どもたちを迎えにくると、なんと部屋はもぬけの殻。名前を叫びながら走り去る父の後ろ姿、そして画面は一転。世界各地で実際に記録された防犯カメラの映像に切り替わる。抵抗する間もなく、あっけなく、突然その場から連れ去られる子どもたちの姿。姿。そういうことね…。私、真っ青。
そう、これは世界に蔓延する児童人身売買の実態をさらし、告発する映画なのだ。ここからの主人公は、アメリカ国土安全保障省で性犯罪組織の摘発にあたっている捜査官・ティムになる。
10年以上のキャリアで、児童人身売買に携わる犯罪者たちを何百人も逮捕してきたティムだが、実際の子どもたちは捜査権外の他国にいるなどの理由から直接助けることはできず、心が折れる寸前の日々を過ごしている。
そこでティムは、自身が激しく憎悪する小児性愛者のふりをして児童売買容疑の男に一人の子どもを「手配」してもらう。その子は、冒頭で少女とともに誘拐された弟ミゲルだった。
初めて自身の手で被害者を救出できたティムは、ようやく希望を感じる。同時に、ミゲルからの「お姉ちゃんを助けてほしい」という懇願を無視できず、キャリアを捨て、小さな手がかりを頼りに単身メキシコへ飛ぶ——。
これはまだまだ序盤。このあとさらにスケールは増し、登場人物はどうなるのかと目が離せなくなる。また、甘言で誘い出され、自由を奪われ、性暴力を受ける子どもたちの姿に、過去観てきた、日本軍性奴隷制被害者を描く数々の映画の場面が何度も重なった。
2時間強の本編。最後に出てきたキャプションと、主人公のモデルになった男性の写真を見て改めてはっとする。そうだ、実話が元になっているんだった。画面越しに観るティムのミッションが危険かつ壮大すぎて、これらを本当に経験したとは信じられなかった。
エンドロールでは、ティムを演じた俳優からの特別メッセージが流れる。時期的なこともあり、公開までとても長い時間を要したこと。児童人身売買はいまも世界中で行われていること。この事実を伝えるため、もっと多くの人に映画を観てもらいたいこと。
そして、スクリーンに表示されるQRコードを読み込めば、まだ映画を観ていない誰かの分のチケットを前払いできるので、家族や友人を誘って、ぜひ映画のシェアに協力してほしいと呼びかけて締めくくった。
スクリーンに大きく表示されるQRコード。すると、ぽつ、ぽつと周囲で四角い光がともった。真っ暗な映画館の中で、何人もがスマホを堂々と掲げる。見たことのない光景だ。べたというか臭い言い方かもしれないが、その瞬間は本当に「この一つひとつの光が小さな希望みたいだ」と思った。
館内が明るくなり、友人と顔を見合わせた。こんな現実があることにため息が出て、救う人よりも加害者、そして被害者の数の方がもっと多いことにつらいきもちになったが、それでもまずはこの映画を観られてよかった、ありがとうというようなことを話して帰路についた。(理)