「国籍ってなんだ?」――安英学さんがトークイベント
広告
サッカー指導者の安英学さんとノンフィクションライターの木村元彦さんによるトークイベント「在日サッカーは国境を越えたのか?」が2月18日、神保町にある書店「チェッコリ」店内とオンラインで開催された。
イベントのもとになったのは、2024年10月に筑摩書房から出版された『在日サッカー、国境を越える――国籍ってなんだ?』。安英学さんのこれまでの歩みを、10代の子どもたちが共感を持って楽しめるノンフィクションに仕上げたのが木村さんだ。この本が生まれたきっかけ、そして本のテーマである「国籍ってなんだ?」という問いについて詳しく聞きたいという思いから書店スタッフが企画したという。
私もたまたま昨年末に同書を読んでいた。安英学さんについて、これまで取材やたくさんの記事を通して見聞きしてはきたものの、まだまだ知らなかったエピソードがたくさんあり、「こんな経験もしていたのか」「そんなことがあったのか」と何度も驚かされた。
日本人ではない。かといって朝鮮民主主義人民共和国生まれでもない。「朝鮮籍」であることによって、どこへ行っても最初にちょっとしたつまづきやハンデに直面してしまう。それでも食らいつき、少しずつ夢を実現していく。その過程に引き込まれた。
イベントでは、はじめに木村さんが自身の経歴を語った。もともと旧ユーゴスラビアのサッカーと民族紛争について取材していたという木村さん。民族問題を扱ううちに「自分の属性ってなんだろう」という問いにたどりつき、もっと日本国内に目を向けるべきなのではないかと考えるように。生活空間のなかで出会ってきた在日朝鮮人たちの顔が浮かび、日本人としてちゃんと(この問題を)やらないといけないと思ったという。その頃、アルビレックス新潟でプロサッカー選手として活躍していた安英学さんと出会う。取材を通して親しくなり、以来ふたりは20数年来の仲に。
『在日サッカー、国境を越える――国籍ってなんだ?』を手がけたのは、10代を対象にしたシリーズ「ちくまQブックス」の編集者から「在日朝鮮人について何か書いてほしい」と言われたことがきっかけだった。Qは「Question」(問い)と「Quest」(探求)の頭文字。身近な「なぜ?」や「知りたい」をスタートに、正解することよりも探求することの大切さを伝えるとのコンセプトで、これまでに20点以上が刊行されている。
10代の子どもたちに向けて書くのなら、本当に手に取ってもらえるような本にしたい。そのためには共感や感情移入できるストーリーが必要だ。それなら一人の人生を紹介する形で、「君たちと同じような地平に立っている、けれど立場が違うだけでこんなにも見えてくるものが違う」ということを伝えられるような内容にしたらどうだろうか…。そのようにイメージを膨らませながら構想を固めていったそうだ。
安英学さんは、本に書かれているエピソードに沿って、内容を補足しながら話した。どうして夢を持ち、ポジティブに努力を重ねてこられたのかという質問に対しては「在日朝鮮人として育ってきたので、言ってもしょうがない。いろいろなことがあるのは承知のうえ」だとさっぱり返しつつ、続けて中学生の頃の思い出を語った。
「Jリーグが開幕して大ブームだった頃、サッカーは大好きだったけれど、プロの人たちと自分は違う存在だと思っていた。しかし東京中高出身の申在範さん——在日の先輩ががジェフユナイテッドのユニホームを着て現れた。その姿を見て、自分も頑張ればなれるんじゃないかという気持ちとともに、そうした存在の大切さ、“僕も後輩たちのために”という思いも出てきた」(安英学さん)
「後輩たちのために」。まだ先駆者が少なかった頃に、自分の夢だけでなく後続の道にまで思いを馳せて実直に走ってきた安英学さんの情熱を知った。
笑いも交え、和やかな1時間半。トークイベントが終わると、店内にはサイン会の列がずらりとできていた。(理)