就学支援金制度を整えるべきは誰か― Q&A 朝鮮高校生と高校無償化
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高校無償化(=就学支援金)の支給に関し、日本政府は2025年4月から私立高校への支援金の上限額を学費相当分の45万7000円に増額し、所得制限を撤廃することを決めた。
2010年から始まった高校無償化制度は、各種学校認可を持つ外国人学校も対象となった点で画期的なものだったが、制度発足から15年たった今も外国人学校中、唯一朝鮮高校だけが外されたままだ。
3月7日には、東京朝鮮中高級学校の生徒たちや保護者たち約200人が東京・虎ノ門の文部科学省前で差別なき適用を訴えた。
朝高の就学支援金について日本政府は、朝・日の国家間に横たわる問題をあげ、「不支給」を正当化してきた。韓国、中国、インターナショルスクールなど他の外国人学校の教育内容、支援団体、関係国との関係は一切問わないのに、だ。
教育には一方的にお金がかかる。
制度的な支援が絶たれるなか、朝鮮学校の学費は上がり、経済的な負担は増し、民族教育をあきらめざるをえない家庭が後を絶たない。
私たち大人は、いつまで高校生たちを寒空の下に立たせ続けるのだろうか。日本の文部行政を担う大人たちは、差別が差別を生んでいることを直視してほしい。
私立高校への所得制限撤廃の報を受け、田中宏・一橋大学名誉教授はじめ日本の識者たちが差別なき適用を求める署名を呼び掛ける一方https://chng.it/p2hHj6L2JX、ネット上には朝鮮高校側に責任を転嫁するような動画や記事が流れつづけている。
就学支援金を特定の外国人学校だけに支給していないことーこれは明らかな差別であり、日本の教育問題だ。高校無償化からの朝鮮高校除外の経緯、この間の裁判で明らかになった問題点を再度整理したので拡散いただきたい。(瑛)
Q1 高校無償化制度とは?
A すべての子どもを応援、就学支援金を支給
高校無償化(就学支援金)制度は、民主党(現・立憲民主党)政権の下、2010年4月から始まったもので、「学びたい」という意志を持つすべての高校生たちを応援することを目指しています。
この制度は、①公立高校の授業料は無償にする、 ②私立高校や外国人学校の生徒たちには、公立高校の授業料相当分(基準額:年11万8800円)の就学支援金を支給する―というものです。2024年8月現在、43校の外国人学校(各種学校認可校)が支給対象として認められています(文部科学省ホームページ)。
国籍や学校に関係なく、「すべての子ども」に国から経済的支援がなされるのは、日本の教育史上、初めてのことでした。日本の憲法には、「すべて国民は、…ひとしく教育を受ける権利を有する」(憲法26条)とあり、日本が加入する国連・社会権規約には、「締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める」(13条)とありますが、これらに合致する制度といえます。
Q2 なぜ朝鮮高校が除外されたの?
A 「拉致問題の進展がない」を口実に
外国人学校のなかで唯一、朝鮮高校(以下、朝高)がその対象から外されたのは、2010年2月に当時の拉致問題担当相が朝高を対象から外すよう要請したことがきっかけでした。その後、朝高については就学支援金の対象に指定するかどうかを個別に審査することになり、専門家による「検討会議」が審査基準を作ることになりました。
その結果、同年8月に文部科学省が発表した検討会議の報告では、「外交上の配慮ではなく、教育上の観点から判断すべき」という立場が確認されました。しかし菅直人首相が、11月23日に朝鮮半島で起きた延坪島砲撃事件を受けて審査手続きの停止を指示するなど、国は意図的に審査を引き伸ばしました。

愛知朝鮮中高級学校の生徒たちも無償化裁判をたたかった(2014年2月)
さらに12年12月に成立した安倍晋三内閣は、初仕事として朝高除外を断行します。13年2月20日、下村博文文科大臣は「拉致問題の進展がない」「国民の理解を得られない」として、朝高を指定するために作られた決まり―「規定ハ」を突然になくし、10校の朝高に対して無償化の対象に指定しないと通知しました。国が「規定ハ」をなくし、朝高を不指定にしたことで、朝高は「規定ハ」が復活しないかぎり、就学支援金の対象から永久的に外されることになってしまったのです。
Q3 朝鮮高校生は、なぜ裁判を起こした?
A 権利の侵害。後輩たちのため
2010年以降、朝鮮高校の生徒たちや保護者、生徒たちを支える日本市民たちは、文科省への要請や署名提出、日本国内や国連人権機関での訴えなど、できることはすべてやってきました。しかし差別が続き、根拠となる法令もなくなるなか、状況を変えるためには、「裁判しかない」との結論に至りました。就学支援金は一人ひとりの生徒に支払われるもの。生徒たちは被害の当事者として裁判の原告になるという決断を下したのです。原告の生徒・元生徒の数は249人(提訴当時)にのぼり、生徒たちは「後輩に悔しい思いをさせたくない」と勇気をもって裁判を闘いました。
裁判は2013年1月から始まり、東京、愛知、大阪、広島、福岡の5ヵ所で行われました。東京、愛知、福岡は生徒を原告とする国家賠償請求訴訟で、大阪は学校法人が原告となった行政訴訟、広島はこれらの複合形態でした。

高校無償化裁判で唯一の勝訴を勝ち取った大阪地裁判決を受け喜ぶ支援者たち(2017年7月28日)
提訴から8年半。無償化裁判は、21年7月27日、朝鮮学校側の敗訴確定という結果をもって終結となりました。唯一の勝訴は大阪地裁判決(17年7月28日)でした。司法は国の差別を追認する判決を下し、差別に加担したのです。
Q4 大阪の勝訴、何が認められたの?
A 「大阪朝高を無償化制度の対象に」と命ずる
大阪朝鮮学園が裁判所に訴えたのは、①大阪朝鮮高級学校を高校無償化制度の対象から外した文科省の決まりを取り消すこと、②文科省が大阪朝高を無償化制度の対象に指定することでした。結果は、両方とも認められた全面勝訴でした。
① については、朝高に就学支援金を支給する根拠になっていた決まり(規定ハ)を文科省がなくしたことは違法で無効だと裁判所が認めました。また、国が朝鮮学校外しの理由として持ち出した、「朝鮮学校は朝鮮総聯などから『不当な支配』を受けていて、法に基づいた適正な運営がされていない『疑い』がある」という言い分も「事実として確認されていない」と却下しました。
そして、このような方法や理由をもって朝鮮学校を無償化の対象から外した文科大臣の行為は、自らが持つ権限の逸脱・乱用なので取り消すという判決を下したのです。
②の訴えは「義務付け」といいます。役所があることをしなくてはいけないにも関わらずそれをしない時、その行為をすべきと命じることです。②が認められたことで、裁判所が文科省に対して「大阪朝高を無償化制度の対象に指定せよ」という積極的な命令ができるのです。

スイス・ジュネーブの国連で高校無償化への適用を訴える朝鮮学校の保護者たち(2013年)
大阪地裁の判決は、▶就学支援金受給は生徒たちの権利、それが侵害された場合には司法が救済すべきだとした点、▶「不当な支配」に関する判断を大臣の裁量に任せてしまえば、教育に対する権力の行き過ぎた介入を招きかねないので、大臣の裁量は認められないとした点が評価されています。
Q5 被告・国は裁判で何を主張したの?
A 朝鮮学校に責任転嫁
無償化裁判の最大の論点は、国が朝高を指定するための決まりだった「規定ハ」を削除して朝鮮学校を不指定としたことが法律違反かどうかでした。
しかし、国側は論点をずらし、朝鮮学校がきちんと学校を運営していないから、就学支援金を支給できないと主張。例えば東京地裁の判決は、朝高を指定するかどうかについて文科大臣には裁量(広い権限)があり、「疑いが残る」とした文科大臣の判断が不合理とまではいえないので、不指定処分は違法ではないと原告の訴えを退けました。
国は、朝鮮学校が、在日朝鮮人の団体である総聯や朝鮮民主主義人民共和国から「不当な支配」を受けていることが教育基本法16条に違反するおそれがあるという「疑い」をかけて差別を正当化したのです。
そもそも教育基本法16条は、教育行政による教育事業への介入を抑制するための条項でした。異国の地で教育を行う外国人学校に対して本国や関連する民族団体が支援するのはごく自然なことです。日本政府は法律が定めた通り、朝鮮高校生を含む「すべての子ども」に就学支援金を支給するべきです。
しかし国は2019年10月に始まった幼児教育・保育の無償化からも朝鮮学校幼稚園をはじめとする外国人学校を除外し、差別の上塗りを続けています。日本政府は「すべての者の学びを支援する」という制度の趣旨に立ち戻り、朝鮮高校生への就学支援金を支援するべきです。(了)
※参考『高校無償化裁判 249人 たたかいの記録』(2016年)、『大阪で歴史的勝訴 高校無償化裁判 たたかいの記録vol.2』(2017年、ともに月刊イオ編集部編、樹花舎)