ヘイトスピーチの標的
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裁判後の会見に臨む弁護団と原告たち
来月号の連載と関連して、昨日、さいたま地方裁判所を訪ねた。この日、同地裁では、在日クルド人たちでつくる「日本クルド文化協会」(埼玉県川口市)が、協会の事務所周辺でヘイトデモを行った神奈川県在住の男性を相手取り、活動の禁止と550万円の損害賠償を求めた裁判の第1回期日があった。
傍聴を目的に地裁へと向かう道、まだ読めていなかった関連記事を読もうとリンクを開いた。
タイトル:「在日クルド人差別」罰則伴う撤廃法の制定を
…特に、2023年ごろから増え始めた在日クルド人を標的にしたヘイトは深刻だ。「犯罪者」「テロリスト」などと決めつけられ、「出て行け」と暴言を吐かれるケースが常態化している…(共同通信4月21日付記事より引用)
当該記事では、「国をもたない最大の民族」と呼ばれるクルドの人々が、迫害を逃れて1990年代前半から来日したことや、埼玉県川口市、蕨市にその人口が集中していること、また近年あった、かれかのじょらに対する差別行為について記載があった。

裁判には、多くの市民たちや報道陣がかけつけた。(写真は会見)
クルドの新春を祝う祭り「ネウロズ」への妨害を目論み現地を訪ねた市議の話、サッカー場内での規則を知らず、自チームの旗を掲げた「FCクルド」(埼玉県在住クルド人の子どもたちを主とするサッカーチーム)への無分別なヘイトスピーチ…。
どれも他人事には思えず、読みながら、記事にある「クルド人」を「朝鮮人」に置き換えてみた。まったく違和感がない、むしろリアルで寒気さえする。
そうこうしているうちに、地裁に着いた。
本裁判は、事前に整理券が配布され、抽選で44名が傍聴できる。到着時点で、すでに長蛇の列ができていたため、傍聴は半ば諦めていたが、運よく当選し傍聴することに。傍聴席につくまでの道に、職員が多数配置され、異様なまでの「警戒」具合を体感した。入廷直前には、手荷物を預け、金属探知機で身体検査まで行う、すこぶる気分が悪くなった。1度ならまだしも、裁判所入口で行う手荷物検査とは別に行うのだから。傍聴席で横になった地元の市民によれば、ここまでするのは稀だという。「暴動を起こされるものと思われているんでしょう。警戒案件なのよ」。

原告側弁護団の神原元弁護士
第1回期日では、原告側代理人が意見陳述書を読み上げた一方で、この日予定されていた被告側の陳述は、代理人不在という想定外の展開により次回へ持ち越しとなった。(不在理由は判明していない)。
ここで、訴訟の概要を確認する意味で、原告代理人の陳述内容を一部抜粋する。

原告側弁護団の師岡康子弁護士
…
ヘイトスピーチが始まったのは2023年春頃、入管法改定が話題に上った頃です。この頃から、インターネット上では、連日「クルド人のせいで川口の治安が悪くなった」「クルド人は偽装難民だ」「クルド人は日本から出ていけ」といった投稿がなされるようになりました。…ネット上のヘイトスピーチの波に乗って、他県から川口市に来てクルド人排斥デモを行う者も現れました。その一人が、神奈川県海老名市から来た被告であります。
被告は、在日朝鮮・韓国人排斥デモを繰り返してきた「在日特権をゆるさない市民の会」(京都朝鮮学校を襲撃した「在特会」)の後継団体・「日本第一党」のメンバーでした。…そして、2023年9月頃から、クルド人を新たなターゲットとして蕨駅周辺等でデモや街宣活動を頻繁に行うようになったのです。被告のデモや街宣は「自爆テロを支援するクルド協会は日本にいらない。テロを肯定する外国人との共生はない」「根絶せよクルド犯罪と偽装難民」等とプラカードを掲げて原告の事務所周辺を行進したり街宜をしたりするもので、参加者は、被告に煽動され、「不良外国人は日本から出ていけ」「クルド人は祖国に帰れ」等と叫んでいます。
京都朝鮮学校襲撃事件に関する2013年京都地裁判決は、「スパイの子どもやないか」という在特会の発言を「人種差別」と認定しました。朝鮮民主主義人民共和国の指導者の写真を飾る等、朝鮮学校と朝鮮政府との間に一定の関係があることは広く知られた事実です。しかし、だからといって、そのことだけを理由に朝鮮学校やそこに通う生徒たちを、スパイだのテロリストだのと決めつけ攻撃するとすれば、それは人種差別であり、違法行為であると認定されます。それが差別に関連して確立してきた日本の判例法理の到達点であり、この基準はクルド人にも適用されなければなりません。
…

同じく原告側弁護団の金英功弁護士
裁判で被告は、原告が「自爆テロを支援した」として自身の発言の違法性を否定するが、かれが参考にした産経新聞記事は、その主張の根拠に、原告がトルコ地震の際に日本国内で募金を募り本国へ義援金を送ったこと、また祭りの飾りのなかにPKKの旗があったことなど、「根拠」というには乏しさ極まりない内容だ。これをもって被告は主張しているのだから、SNS上に出回るデマがいかにして量産されるのか、その相互性を指摘せざるを得ない。

会見後、支援する会の発足式が行われた。(写真は発言する「在日クルド人と共に」代表の温井立央さん)
筆者は個人と社会とが何らかのかたちで影響し合う以上、現状としての偏見や差別は一過性のものになり得ないと考えている。
そして、この裁判を傍聴中、SNS上に独り歩きした「在日クルド人」という言葉から抱く筆者自身の当事者への想像が、問題の本質とは異なっていたことを痛感した。
また標的が変わるからといって、恐怖はなくならない。なぜなら私たちの身にもいつ起こる変わらない、ある種「想定内」の事案でもあるからだ。そのことを在日朝鮮人の1人として、この裁判から学んだ。
閉廷後の会見に臨んだ、日本クルド文化協会メンバーの男性の言葉を紹介して、このブログを終わりたいと思う。
われわれ困っている、子どもたちも困っている。
クルド人はヘイトスピーチがひどくなる前から、埼玉に住んでいます。かれらはヘイトを商売にしているでしょう。
私の娘は「パパ、テロリスト何?」という。前のように、公園でひとりで遊ばせない、コンビニも行かせられない。すごく大変ですよ。誰かがなんかいう、SNSで言われる。
ヘイトスピーチをなくさないと、みんなのこどもたち、孫たち、あと10年でどうなりますか…
(賢)